お父さんが音楽家になるまで~中学2年エレキギターとの出会い

皆さん、こんにちは!ソングメーカー代表、井村淳也です。
今回も私のブログにお越し下さり、ありがとうございます!

みんなのポケモンスクランブル

突然ですが、今はまっているゲームです。
ニンテンドー3dsのゲームです。
息子と二人で、毎日のようにやっています。

「なにそれ?」
と言う方のために3行で説明しますと。

元祖・ポケットモンスター(ポケモン)は、ロールプレイングゲームです。
こちらのポケモンスクランブル(以下、ポケスク)は、アクションゲームです。
どちらもポケモンをゲットして増やしていき、そしてどちらにも、「サトシ」は出てきません。
その代わり、「じゅんや」が出ます。

あ、すみません無駄なボケで4行になっちゃいました。(この1行自体も無駄)

ちなみに今は、冒険者レベル24で、まだまだひよっこですね。
伝説ポケモンも、まだ一体もいないし・・・

これ、なんと!
無料
で遊べるんですよ!

無料で遊べる3dsのゲームは、他にも結構ありまして。
少し前に同じくポケモンをテーマにした
ポケモンピクロス
というゲームがあって、これもダウンロードして途中までは遊んだんですが、こちらはなんと言うか・・・
私のように
出来るだけ無料で遊ぶぞ
と思っている人には、とても遊びづらいゲームだったんですよね。。。

その点、ポケスク(以下、ポス)はとても親切なんですよ!
基本的に無料でずっと遊べるようなシステムになっていると思います。
任天堂さん、ありがとう!

ネットで検索すると、なんと完全無料で最後まで遊びつくしたツワモノもいるらしく・・・
私も息子とそこまで行けるかどうか、頑張ってみたいと思います!

中学時代へ

前回
お父さんが音楽家になるまで~小学4年授業で聞いたクラシック
では、私の小学校時代。音楽との出会いをお話させて頂きました。

今回は、時は進み・・・私の中学生時代をお話させて頂きたいと思います。

私には5歳年上の兄が一人おります。
二人兄弟で、5歳も年が離れていると、やっぱり影響を思い切り受けるものなんですね!

小さい頃から、兄と兄の友達と一緒に遊ぶ機会もよくありましたしね。
そんな兄は、高校時代にバンドを組みました。兄の学園際でのバンド演奏を見に行ったことを覚えています。

その時はまだ、バンドというものに特別な思いも無かったのですが、そんな流れの中、兄からギターをすすめられて弾くことになったんですね。
それが確か中学1~2年の頃だったと、思います。ちょうどその頃、やはり兄の影響で好きになったロックバンドがたくさんありました。
その中でも一番好きだったのは、BOOWYです。
私の世代では、今でも好きな人が多くいるんじゃないでしょうか?
私が言うまでも無く、伝説的なバンドでカリスマ的な存在でした。
ロック音楽に初めて触れた淳也少年、とにかくカッコイイ!と憧れる日々。
初めて弾いたエレキギターで、BOOWYの曲をコピーすることに夢中になるのに、それほど時間は必要ありませんでした。

とはいえ、ギターを弾くといっても全く初めてのことで、ギター教室に行くわけでもなく。
ひたすら雑誌を読んで勉強、弾いてみる。この繰り返しでした。
でも当時のバンド少年・少女は、みんなそんな感じだったんじゃないですかね!
とにかく好きで、楽しいから、頑張って弾けるようになってやる!
そんな風に、気合だけでやっていたんじゃないかなと思います。

卒業文集

ギターの練習に明け暮れる日々。
兄とその友達とバンドを組んで、中学卒業ライブもやりました。
また、卒業文集には(またそのネタ?)
「5年後の僕・私」を一人ひとり書く、という決まりがありまして、私は何と書いたかと言いますと!

驚きますよ!

なんと!

ギタリストとしてバンドデビューする。笑っていいとも!にも出る
と書いていました。
「出れたらいいな~」
とかの「希望的なニュアンス」ではありません。言い切っています。
我ながら、無駄にすごい勇気です。

もちろん、この夢はかないませんでしたが・・・

ちなみに、クラスメートが書く「この人の5年後は?」みたいなコーナーもありまして。
そこで書かれていた内容は
「井村君の5年後は、普通にコピーバンドを組んでいるでしょう」というもの。

この予想は、見事に大当たりでした(笑)

何を隠そう、それを書いた彼こそが、のちのノストラダムスその人です。(違)

と言うわけで、そんな感じの、非常に分かりやすいタイプの単純な淳也少年ではありました。

と言って、ギターに夢中になるものの、別に音楽の勉強をするでもなく。
どこか子供っぽいところも多くあったんですよね。
世間知らずというか、将来のことをあまり考えていなかったというか。
何しろ周りに流されやすいタイプでした。
親や家族の言うこと、先生の言うこと、友達の言うこと。
自分に何かこだわりがあるわけでもなくて、与えられたことだけやっているような、そんな生き方をしていたと思います。

流されるだけの日々

中学生は大体においてそんなものなのかもしれませんが、何かを徹底的に真剣に考えるということをしていなかったように思います。

将来、どうなりたいのか。(決して、笑っていいとも!に出る、とかではなく)
自分が本当にしたいことは何なのか。
どんな大人になりたいのか。

そういう、人生にとって本当に大切なことを、あまり考えずに時間を過ごしてしまっていた。そんな中学時代でした。
そこにギターが付け足されたという感じ、でしょうか。

それでもギターが弾ける、ということは、私にとっては大きなアイデンティティ認識の、第一歩だったのだと思います。

個性がなく、本当に普通の、何かにこだわるような必死さもなく、これといった特技もない。そんな少年でした。
「井村といえば~だな」というものが何も無い。
自分は何を考えているのか、何を求めているのか、そういった感情を表さない、まるでロボットのような、そんな存在だったんじゃないかな、と今改めて思います。

だからこそ、ギターを弾けるということが、今思えばですが、私にとっては大切なことだったのでしょうね。
ギターを弾ける中学生は、当時いくらでもいたでしょうし、特別なことでも無かったと思います。
それでも、平凡すぎる毎日を送っていた自分にとっては、ギターとの出会いが生き方を変える何かのきっかけになったのは間違いありません。

実際、それからの私は「ギターなら誰にも負けないくらいうまくなってやる!」という思いを強くしていきました。

そんな風に強く思ったのも、おそらくは初めてだったんじゃないかなと思います。
ギターにこだわることで、自分が少しずつ変わっていったんですね。

必ずしも、ギターである必要はなかったのかもしれませんが、それがギターだったことが、後の人生に大きな影響を及ぼす結果となったのでした。

では、今回の記事はこのあたりで。今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました!

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お父さんが音楽家になるまで~中学2年エレキギターとの出会い” に対して1件のコメントがあります。

  1. 匿名 より:

    読ませて頂いて います♪
    また、明日も 続きを読みますね〜
    by issa-origin

    1. 井村 淳也 より:

      いつもありがとうございます♪今日も元気に更新しますのでお楽しみに!

      ご依頼の件も、追ってご連絡させて頂きますね。
      いつもありがとうございます!

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