
みなさんこんにちは!ソングメーカー代表、兼制作者の井村淳也です。
よさこい楽曲の中でも、「和太鼓」と「エレキギター」をどう共存させるかは、多くのチームが直面する大きなテーマです。どちらも存在感が強く、エネルギーを前面に押し出せる楽器である一方で、バランスを誤ると、音がぶつかり合ってしまったり、踊りにくいサウンドになってしまうことがあります。
本稿では、制作現場で実際に行っている“主役を決めずに中心を決める”という考え方と、和太鼓・ギターそれぞれが活きるアレンジの設計方法について、具体的な視点からお伝えしていきます。「どちらを大きくするか」ではなく、「どんな世界観を立ち上げるか」。そのための黄金比を一緒に見つけていきましょう。
この記事を読むことで得られること
- 「主役を決めないで中心を決める」──和太鼓とギターを共存させる設計思考が理解できます
- 和太鼓=「土台/語り手」、ギター=「熱量/陰影」という役割再定義で、ぶつからない音作りの要点が掴めます
- 対話→歩幅合わせ→映像で検証→微調整のプロセスで“黄金比”を見つける実践ステップが分かります
まず結論:和太鼓とギターはどちらかを主役にするのではなく、役割と“中心の物語”を設計し、対話と修正で黄金比を立ち上げるのが最短ルートです。
主役はひとりではない──“中心”をどこに置くか
和太鼓とエレキギターを共存させるとき、多くの方が最初に考えるのは「どちらを主役にするか」という視点です。
けれど、実際の制作現場では、主役をひとつに決める必要はありません。
むしろ、どちらかを“主役にする”という発想そのものが、音のバランスを難しくしてしまうことが多いのです。
よさこいにおける音楽は、シンプルに言えば 「踊りのための土台」 です。
しかし、それだけではありません。
同時に 「チームの物語を表現する舞台」でもあります。
そして舞台には、常に「視線の中心」が存在します。
その中心がどこにあるかで、曲の印象も踊りの空気も大きく変わります。
では、その「中心」はどのように決まるのでしょうか。
● 中心は“音量”ではなく“視線”で決まる
「和太鼓を強くしたいから、音量を上げる」
「ギターを目立たせたいから、歪みを強くする」
こうした調整は、間違ってはいませんが、本質ではありません。
実際には、観客がどこに意識を向け、踊り子がどんな感情で体を動かしているかで、
自然と中心は立ち上がります。
例えば、
- 力強く前へ進む振付なら、太鼓の重心が中心になりやすい
- 伸びやかに手を広げる振りが多いなら、ギターの余韻が中心になる
- 掛け声が強く響き合う構成なら、声そのものが中心になることもある
つまり、中心は「楽器」ではなく「身体と空気」によって決まるのです。
● 曲作りの最初に必要なのは“音ではなく対話”
制作の初期段階では、私は必ず次のことを伺います。
- この曲は、どんな表情で踊りたいですか?
- このチームは、どんな空気の人たちですか?
- 今年のテーマに込めた「願い」は何ですか?
これらは、一見すると音の話ではありません。
しかし、ここに中心が隠れています。
音は、感情の言語化です。
メロディやリズムは、その感情を身体で表現するための器です。
だからこそ、
「何を伝えたいのか」→「どう動きたいのか」→「そのためにどの音が必要か」
という順番で考えることが、本来の作曲の流れです。
● 主役不在こそ、美しい一体感を生む
和太鼓もギターも、どちらも主役級の存在感を持っています。
だからこそ、「どちらも主役にしない」という設計が可能になります。
たとえば、
- 太鼓は土台として“地面”をつくる
- ギターは空気を広げて“空”をつくる
- ボーカルや笛は物語の“語り手”になる
このように 役割で整理する と、音は自然に共存します。
その上で、クライマックスだけ太鼓が主役になる瞬間 を作ると、
観客の心は一気に揺れます。
「最初から最後まで目立つ」のではなく、
“主役になる瞬間がある” ことが、音のドラマを生み出すのです。
和太鼓とギターを両立させる秘訣は、
主役を決めることではなく「中心の物語」を決めること。
それが見えたとき、音は自然とひとつにまとまり、
チームの空気そのものが音楽になります。
和太鼓の役割を再定義する──「土台」か「語り手」か
和太鼓は、よさこいにおいて最も身体性と直接結びついた楽器です。
太鼓の一打は、音として「聞こえる」だけでなく、
胸や足元へ“振動として届く”という特性を持っています。
そのため、和太鼓はただの楽器ではなく、踊りの呼吸そのものと言っても過言ではありません。
しかし、和太鼓は強い存在感ゆえに、誤解されやすい楽器でもあります。
- 「太鼓はとにかく前に出せばよい」
- 「リズムは力強ければ強いほどよい」
そう考えると、音が前へ出すぎてしまい、
メロディやギター、声や笛が埋もれてしまうことがあります。
その結果、演者も観客も、“何を感じればいいのか”がわからない音になってしまうのです。
和太鼓を活かすために重要なのは、
太鼓には“二種類の役割”があると理解することです。
●「土台としての太鼓」──踊りの呼吸を支える心臓
1つ目は、土台としての太鼓です。
これは、チームの鼓動・歩幅・呼吸を支える役割です。
“土台”の太鼓は主張しすぎません。
一定のパルス(脈のようなリズム)を保ち、踊りを前へ進める推進力を生み出します。
例えば:
- 大太鼓の「ドン……ドン……」という低音が“歩く速さ”を決める
- 中太鼓の「タタタ・タタタ」が身体の重心移動を導く
- シンプルなパターンこそ、踊りの一体感を引き出す
土台の太鼓が安定していると、踊り子は安心して自分の表現を出せます。
この「安心感」が、結果的に迫力・表情・揃いに直結します。
●「語り手としての太鼓」──感情を描く、言葉を持ったリズム
もう1つは、語り手としての太鼓です。
これは、「ここに感情がある」という瞬間を示す役割です。
物語の転調・叫び・祈り・解放──
それらを言葉ではなく打音と間(ま)で語るのが、この太鼓です。
例えば:
- サビ前の「間」を支える一打
- フレーズとフレーズのすき間に入る“呼吸の太鼓”
- クライマックスで観客に向けて放つ一連の連打
これらは、ただ音を重ねるのではなく、
「心の動きを音にする」行為です。
土台の太鼓が「歩幅」だとしたら、
語り手の太鼓は「眼差し」や「祈り」に近いものです。
● 2つを混ぜない。それぞれを“分けて設計する”
ここで最も大切なのは、
土台の太鼓と語り手の太鼓は、同じ楽器だが、同じ役割ではない
- 土台の太鼓が揺れると、チーム全体が不安定に見えます
- 語り手の太鼓が多すぎると、感情のピークがぼやけます
だからこそ制作では、
どの太鼓が“地面”で、どの太鼓が“言葉”なのか
最初に明確に分けて設計します。
これは楽譜や音量の話ではなく、
世界観の構造設計です。
● 現場でよく起きる“ぶつかり”を回避する方法
よくある問題は、
- 太鼓を強くしたらギターが聴こえなくなった
- 逆にギターを前に出したら太鼓が弱くなった
という、綱引きのような音作り。
しかし、綱引きは不要です。
理由は簡単で、
太鼓とギターは、そもそも「違う領域」を担当しているからです。
- 太鼓 → 体(下半身・重心・踏みしめ)
- ギター → 胸(心の熱量・前へ進む意思)
ぶつかり合いが起きるのは、
“どちらも前に出そうとするから”ではなく、
どちらの役割も整理されていないからです。
役割を決め、構造を作り、
その上で音量・質感を整える。
そうすることで、太鼓とギターは自然と溶け合います。
和太鼓は、ただ強い楽器ではありません。
心と身体をつなぐ楽器です。
その役割を正しく配置したとき、
踊りはまとまり、曲は呼吸し、
観客の胸に“熱”が伝わります。
ギターの存在感をどう設計するか──“勢い”だけに頼らないロック感
エレキギターは、よさこい楽曲において「勢い」「前進力」「高揚感」を象徴する存在です。
しかし、ギターはその特性ゆえに“入れれば入れるほど強くなる”楽器ではありません。
歪みを強くしたり、音量を上げたり、フレーズを多く演奏するほど、むしろ音は平坦化していきます。
よさこい曲でギターが“映える”かどうかは、
ギターが何を担当する楽器なのかを、明確に定義できているかどうかで決まります。
● ギターは「音圧担当」ではなく「熱量担当」
多くの人が誤解しがちですが、
ギターは音圧の中心ではありません。
音圧の主役は 和太鼓・キック(バスドラム)・ベース です。
ギターは 熱量や意志の方向性 を担当します。
例えば、ギターには次のような役割が生まれます:
| 状況 | ギターの役割 |
|---|---|
| 序盤(物語の始まり) | 空気をつくる・風景を描く |
| 展開(動きだす場面) | 推進力を与える・前へ押し出す |
| 叫び・祈り・解放 | 感情を爆発させる“声なき叫び” |
| ラスト | 余韻・誇り・生き様を余白に残す |
つまり、ギターは
「どんな感情でその場に立っているのか」を表現する存在です。
そのため、「ずっと強い音」である必要はありません。
むしろ “強くなる瞬間”があるギターは美しい のです。
● 歪ませすぎると、感情が消えてしまう理由
よさこい曲で起きやすい問題の一つが、
「歪みによる情報の飽和」です。
歪みが強くなると:
- アタックが曖昧になる
- リズムが見えにくくなる
- メロディとの距離がなくなる
- 情報が増えすぎて熱量が伝わらない
つまり、歪ませすぎると、
ギターの“語り”が消えてしまうのです。
よさこいで求められるロック感は、
“荒々しさ”ではなく 意志のまっすぐさです。
● 現代的なギターアプローチ:語るギター / 支えるギター
現代的なよさこい曲では、
ギターは「叫ぶ」のではなく“語る”ことが増えています。
例えば:
- アルペジオ(分散和音)で、余白と風景をつくる
- ミドル帯を整理したクランチトーンで、踊りやすさを支える
- 短いリフ(印象的なフレーズ)を、節目の「合図」として配置する
こうした設計により、
ギターは全体を支える 「背骨」 になります。
逆に、最初から最後までリフが鳴り続けると、
曲の表情が単調になり、踊りの感情変化が生まれません。
曲は、
強さ → 静けさ → 高まり → 解放
という“呼吸”を持ちます。
ギターはその呼吸に 陰影 をつける役割を担っています。
● “踊るギター”のために大切なのは、空間の余白
よさこい曲におけるギターが最も力を持つのは、
音を出していない瞬間です。
- 入り際の一音
- サビ前の間(ま)
- クライマックスのブレイク
- 最後の余韻を残すアルペジオ
これらの「余白」の存在が、
ギターの一音を輝かせるのです。
和太鼓が「身体に残る打音」なら、
ギターは「心に残る余韻」。
この二つが重なったとき、
観客は 熱と涙の両方で揺れます。
● だからこそ、ギターは“勢い”ではなく“役割”で考える
よさこい曲のギターで大切なのは、
- 何のために鳴っているのか
- どこに向かっているのか
- 誰の感情を代弁しているのか
を、曲ごとに明確にすることです。
ギターは、ただの“音の厚み”ではなく、
チームの心の声です。
黄金比を見つけるための制作プロセス──音決めは対話から生まれる
和太鼓とエレキギターの黄金比は、最初から決まっているものではありません。
「このくらいが正解」という固定の答えはなく、どのチームにも、そのチームだけの重心や呼吸があります。
だからこそ、音のバランスは 作曲者が勝手に決めるものではなく、対話の中から自然に立ち上がってくるもの です。
私(井村)の制作では、いつも次のような流れで音を“見つけていきます”。
① まず、チームの「空気」を受け取る
制作は、音より先に そのチームの呼吸と表情を知ること から始まります。
ヒアリングで伺うことは、難しい音楽用語ではなく、もっと素朴なことです。
- どんな人たちが踊っていますか?
- このチームは、どんな場面でいちばん「らしさ」が出ますか?
- 今年、何を大切にしたいですか?
これは、音の話ではなく 生き方の話 です。
曲とは、“その年、その街、この仲間” の生き方の痕跡です。
だから、音よりも先に 物語の温度 を知る必要があります。
この段階では、まだ太鼓もギターも登場しません。
しかし、ここでもうすでに 中心の物語 が見え始めています。
② 仮メロディ・仮リズムで「歩幅」を合わせる
次に置くのは、和太鼓でもギターでもなく、
踊りの歩幅に合うテンポと重心 です。
- 歩幅が広いチーム → ゆったりとした8分拍に余白を残す
- 俊敏で跳ねるチーム → 16分の細やかな刻みを増やす
- 感情表現型のチーム → 伸ばす音を増やして呼吸を可視化する
ここで決まるのは、曲の“足場”です。
この足場に合わせて初めて、和太鼓とギターは 自然に機能 し始めます。
③ 途中経過を共有し、映像での“見え方”を確認する
途中経過は、音だけで判断せず、
踊りの映像とセットで確認します。
- 太鼓の打点に身体が乗れているか
- ギターの余韻に腕の広がりが合っているか
- “気持ちの勢い”が音と踊りで同じ方向を向いているか
この確認があることで、
音楽が踊りを“支配する”のではなく、
踊りの心に音楽が寄り添う
状態が生まれます。
④ ここからが本質:修正を重ねながら“合っていく”
黄金比は、一度の提案で決まるものではありません。
修正を重ねる中で、じわじわと浮かび上がってきます。
- 太鼓を1dBだけ下げてみる
- ギターの歪みを1段階細くする
- キメの前のブレイクを半拍伸ばす
- 三味線を「言葉」として扱う位置にずらす
こうした小さな調整の積み重ねが、
「あ、これだ」
という瞬間を生みます。
私は 修正無制限 を採用しています。
それは、「一度で完成する曲など存在しない」と知っているからです。
曲は、ともに育てるもの です。
⑤ 「音が合う」とき、空気が静かになる
黄金比に到達したとき、派手な感想は出ません。
- 「あ、これでいい」
- 「体にすっと入る」
- 「呼吸が合う」
そんな、静かな納得が生まれます。
その静けさこそ、
太鼓とギターが競争していない証拠です。
そしてそのとき、
音楽は “チームの心の声” になります。
まとめ|主役は楽器ではなく、“あなたのチームが生きている時間”
和太鼓とエレキギターは、どちらも強い存在感を持つ楽器です。
だからこそ、「どちらを主役にするか」ではなく、
“どんな物語を中心に据えるか” が音づくりの核になります。
和太鼓が「身体の鼓動」をつくり
ギターが「心の熱」を描き
声・笛・旋律が「物語の言葉」を運ぶ
このバランスが合ったとき、曲はただのBGMではなく、
仲間と共に生きる時間そのもの になります。
和太鼓は強さではなく、「支える力」。
ギターは派手さではなく、「意志の方向」。
曲は音量や厚みではなく、呼吸と視線の中心で決まります。
そして、その黄金比は最初から完成しているものではなく、
対話と修正の積み重ねの中で、少しずつ姿を現していくものです。
よさこいは、真剣に生きている人たちの文化です。
だからこそ、曲は「その人たちの生き方に寄り添える音」である必要があります。
ご相談・制作を考えている方へ
もし今、こんな想いが少しでも心にあるなら──
- 今年は“うちのチームにしかできない曲”を作りたい
- 踊りと曲が、ちゃんとひとつになってほしい
- 応援ではなく“心が震える瞬間”を作りたい
- 伝統と新しさのバランスに迷っている
その気持ちは、とても大切な始まりです。
制作は 後払い制・修正無制限・全国対応 です。
まずは、チームのことを聞かせてください。
→ お問い合わせ / 相談フォーム
「曲を作る」のではなく、
“あなたのチームの旗印となる音” を一緒に見つけていきましょう。
お待ちしています。
井村淳也
よさこい楽曲制作 / Song-Maker



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