自分で歌うという選択。オリジナル曲が“完成する瞬間”とは、音があなたの心に収まる時

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代表兼制作者・井村淳也が動画で皆様にご説明いたします。


自分のオリジナル曲を自分で歌うことの意味

皆さんこんにちは!ソングメーカー代表、井村淳也です。

オリジナル曲を作っていく中で、作曲や編曲が進み、音源としてかなり形になってきた段階でも、どこかに「まだ最後の一歩が残っている」ような感覚を持つことがあります。

メロディラインもある。
アレンジも整っている。
曲としては十分に成立しているはずなのに、なぜか“完成した”と言い切れない違和感が残る。
この感覚は、オリジナル曲制作において決して珍しいものではありません。

その正体は、多くの場合「歌」です。

楽器でメロディを鳴らしている段階では、まだ音楽は“音の流れ”として存在しています。
そこに人間の声が入り、言葉として歌われた瞬間、同じ曲であっても印象は大きく変わります。
それまで音だったものが、一気に意味を持ち、感情を伴い、存在感を増していきます。

つまり、曲づくりにおいて歌入れは単なる最後の工程ではありません。
音を、人に届く表現へと変える工程でもあります。

だからこそ、曲ができたあとに「誰が歌うのか」という問題は、とても大きな意味を持ちます。
声が変わるだけで曲の印象は大きく変わりますし、その楽曲が持つ世界観や説得力にも直結します。

本記事では、なぜ歌がそれほど重要なのか、そしてオリジナル曲を誰が歌うべきなのかについて、私自身の制作経験をもとに整理していきます。
曲を作るだけではなく、その先で本当に作品として完成させるために何が必要なのかを、改めて考えてみたいと思います。

  1. 歌が入ることで何が変わるのか|音楽が「伝わるもの」になる瞬間
    1. 楽器だけの状態では、まだ「音の流れ」です
    2. 声が入ることで、音に「意味」が生まれます
    3. 感情は、歌によって一気に立ち上がります
  2. なぜ歌は難しいのか|問題は「上手さ」よりも「一致」にあります
    1. 曲に合う声かどうかで印象は大きく変わります
    2. 表現のズレは、思った以上に大きく響きます
    3. 問題は「技術」ではなく「一致」です
  3. 誰が歌うのがベストなのか|“自分で歌う”という選択の意味
    1. 他人が歌う場合、どうしてもズレが生まれることがあります
    2. 納得感のズレは、最後に大きく残ります
    3. だからこそ、“自分で歌う”という選択には大きな意味があります
  4. 自分で歌う価値|思いと声が一致したとき、曲は本当に「自分のもの」になります
    1. 思いと声が一致するということ
    2. 解釈のズレが起こりにくい
    3. 自分の曲が、本当に「自分のもの」になる
  5. うまさより大切なもの|「上手い歌」より「届く歌」があります
    1. 音程や技術だけでは埋まらないものがあります
    2. 大切なのは、思いと納得が声に乗っているかどうか
    3. 「上手い歌」より「届く歌」があります
  6. 歌うという体験|自分の言葉が、自分の声で存在し始める瞬間
    1. 自分の言葉を、自分で歌うということ
    2. 音楽の中に、自分が存在するようになります
    3. その曲は、人生の一部になっていきます
  7. 「自分の曲を、自分の声で完成させたい」を、そのままにしていませんか
    1. 自分で歌うための第一歩を整理してみる
    2. 自分の曲を自分で歌う第一歩フォーム
  8. まとめ|曲は、歌うことで大きく育ちます

歌が入ることで何が変わるのか|音楽が「伝わるもの」になる瞬間

楽曲制作の過程では、まずメロディを楽器で鳴らした状態の音源が出来上がります。
その段階でも、曲としての流れや雰囲気は十分に感じ取ることができますし、アレンジによって世界観もかなり見えてきます。

ただ、そこに人間の声が入るかどうかで、音楽の印象は大きく変わります。
同じメロディ、同じアレンジであっても、歌が入った瞬間に、それまでとはまったく違う存在感を持ち始めます。

楽器だけの状態では、まだ「音の流れ」です

メロディをピアノやギター、あるいは他の楽器で演奏している状態では、音楽はまだ音の流れとして存在しています。
そこには確かに美しさや盛り上がりがありますが、聴き手が受け取るものは、あくまで音そのものの印象が中心です。

もちろん、インストゥルメンタルでも感情は表現できます。
ですが歌ものの場合、その曲が本来持っている意味や物語は、まだ十分には立ち上がっていません。
言い換えれば、楽器だけの状態は骨格が整った段階であり、そこに「人」が入ることで初めて完成へ近づいていくのです。

声が入ることで、音に「意味」が生まれます

歌が入ると、それまでメロディとして流れていた音が、言葉を伴った表現になります。
すると、単なる音の高低や流れではなく、「何を伝えているのか」「どんな思いが込められているのか」が、一気に具体性を持ち始めます。

たとえば同じ旋律でも、楽器で聴くのと、人が歌うのとでは受け取り方が大きく違います。
楽器だけの状態では美しいメロディとして流れていたものが、歌になることで「切なさ」「願い」「決意」など、意味を持ったものとして立ち上がります。

これは単に歌詞が乗るからというだけではありません。
人間の声そのものが持つ温度や息遣い、抑揚、間の取り方によって、音楽は一気に「人のもの」になります。
そこに、楽器だけでは出せない説得力が生まれます。

感情は、歌によって一気に立ち上がります

私が長く制作を続ける中で強く感じているのは、歌が入った瞬間に、楽曲の感情が一気に立ち上がるということです。
それまで整っていたはずの音楽が、まるで別の姿になったように感じることも少なくありません。

大げさに言えば、音楽が生まれ変わるような感覚です。
それは、声がメロディをなぞるだけではなく、その曲に「誰かがそこにいる」という実感を与えるからだと思います。

だからこそ、歌入れは単なる仕上げではありません。
それは、音楽を“聴けるもの”から“伝わるもの”へ変える工程です。
曲の印象を決定づける最後の要素であり、同時に、最も人の心に近い部分でもあります。

オリジナル曲を本当の意味で完成させるためには、作曲や編曲だけでなく、誰が、どんな思いで歌うのかが欠かせません。
音楽は、声が入ることで初めて「自分の曲」として現実のものになっていくのです。

なぜ歌は難しいのか|問題は「上手さ」よりも「一致」にあります

楽曲制作を長く続ける中で、私が強く感じてきたことがあります。
それは、出来上がった曲に歌を入れることは、想像以上に難しいということです。

ここで言う「難しい」というのは、単に音程が取れるか、歌唱力が高いかという話ではありません。
多くの場合、本当に難しいのはその曲のイメージに合った歌になるかどうかです。

曲に合う声かどうかで印象は大きく変わります

オリジナル曲は、メロディやアレンジが整った段階では、まだ“音楽の設計図”のような状態です。
そこにどんな声が乗るかによって、楽曲の印象は大きく変わります。

たとえば、やわらかく繊細に届けたい曲に強い押し出しの声が入ると、曲の持つ空気が変わってしまいます。
逆に、力強く前に進む曲に、必要以上に控えめな歌が入ると、楽曲全体の推進力が弱く感じられることがあります。

つまり、歌において大切なのは「声そのものの良し悪し」ではなく、その曲と合っているかどうかです。
同じ歌い手でも、曲によってしっくり来る場合と、少し違和感が出る場合があります。

表現のズレは、思った以上に大きく響きます

もう一つ大きいのが、表現のズレです。
楽曲にはそれぞれ、言葉の重み、感情の流れ、間の取り方、温度感があります。
その受け取り方が歌い手と作り手でずれると、メロディは同じでも、まったく違う印象の曲になってしまうことがあります。

たとえば、制作者としては「静かににじむような切なさ」を込めたつもりでも、歌い手が強く押し出して歌えば、曲の空気はかなり変わります。
逆に、もっと前に出てほしい箇所が遠慮がちに歌われると、本来の盛り上がりが伝わりにくくなります。

これは技術が足りないという話ではありません。
むしろ、表現力がある人でも、曲の意図とずれていれば違和感は生まれます。
歌とは、単に音程をなぞることではなく、その曲の持つ意味や空気を一緒に背負うことでもあるからです。

問題は「技術」ではなく「一致」です

こうして考えると、歌の難しさは、うまく歌えるかどうかだけでは説明できません。
本当に重要なのは、曲の世界観と、歌う人の声や表現が一致しているかどうかです。

音程が正確でも、リズムが安定していても、曲との一致がなければどこかに違和感が残ります。
逆に、多少の粗さがあっても、声・気持ち・言葉の解釈がその曲としっかり噛み合っていれば、聴く人には強く届きます。

だから私は、歌について考えるとき、まず「うまいかどうか」よりも、その曲に合っているかどうかを大切にしています。
歌が難しいのは、技術だけでは埋まらない部分があるからです。
そしてその核心にあるのは、声と楽曲の一致だと考えています。

誰が歌うのがベストなのか|“自分で歌う”という選択の意味

ここまで見てきたように、歌は単にメロディをなぞる工程ではありません。
その曲の意味や空気、感情の流れを、実際に人の声として立ち上げる役割を持っています。
だからこそ、オリジナル曲において「誰が歌うのか」は非常に大きな問題になります。

他人が歌う場合、どうしてもズレが生まれることがあります

もちろん、他の誰かが歌うこと自体が悪いわけではありません。
曲に合った歌い手が見つかれば、その楽曲は素晴らしい形で成立することもあります。
ただ、ご依頼を受けてオリジナル曲を作る場合、そこにはどうしてもイメージのズレが生まれる可能性があります。

作り手の中には、歌詞に込めた思い、メロディに込めたニュアンス、どこで感情を強く出したいか、どこはあえて抑えたいか、といった細かなイメージがあります。
しかし、それを他人が完全に同じように受け取り、同じ温度で表現することは簡単ではありません。

たとえば、

  • もっと優しく歌ってほしかったのに、力強く聞こえた
  • 一番大切にしていた言葉が、思ったほど前に出ていなかった
  • 自分の中では切ない曲だったのに、明るく感じられてしまった

といったことは、実際によく起こり得ます。
これは歌が下手だからではなく、曲に対する感じ方や解釈の違いから生まれるものです。

納得感のズレは、最後に大きく残ります

オリジナル曲は、自分の中にある思いや言葉、イメージから生まれたものです。
だからこそ、完成したときに「これが自分の曲だ」と思えるかどうかは、とても重要です。

たとえ音楽として整っていたとしても、歌の入り方や声の印象に少しでも違和感があると、どこかで納得しきれない感覚が残ることがあります。
曲は完成している。けれど、自分の中では何かが少し違う。
そうしたズレは、楽器やアレンジ以上に、歌の部分で起きやすいものです。

それだけ、歌は楽曲全体の印象を決める大きな要素だということでもあります。

だからこそ、“自分で歌う”という選択には大きな意味があります

ここで一つの大きな転換があります。
それが、自分のオリジナル曲を自分で歌うという選択です。

自分で歌う場合、少なくとも「この言葉はこう伝えたい」「ここはこういう気持ちで歌いたい」という部分で、イメージの出発点がずれることはありません。
声の技術や経験の差はあっても、曲に対する思いや解釈が最も一致しているのは自分自身です。

その意味で、自分で歌うというのは単なる歌唱の話ではありません。
それは、曲の最後の意味づけを、自分自身で引き受けることでもあります。

オリジナル曲は、自分の言葉、自分のイメージ、自分の思いから生まれたものです。
その曲を、最もズレの少ない形で歌えるのは誰かと考えたとき、答えはやはり自分になることが多いのです。

「自分で歌ってみたい気持ちはある。
でも、本当にそれでいいのか少し不安」
その迷いも、オリジナル曲ではごく自然なものです。

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自分で歌う価値|思いと声が一致したとき、曲は本当に「自分のもの」になります

オリジナル曲を自分で歌うことの価値は、単に「本人が歌っている」という事実にあるわけではありません。
本当に大きいのは、思いと声が一致することです。

曲を作る段階では、歌詞に込めた気持ちや、メロディに乗せたい感情、どこで強く伝えたいか、どこは静かに届けたいかといったイメージがあります。
それを最後に実際の声として表すとき、作った本人が歌うことで、その曲が持っている意図と表現が自然に重なりやすくなります。

思いと声が一致するということ

自分で歌う場合、歌詞の一語一語に対して「なぜこの言葉を選んだのか」「どんな気持ちでここを書いたのか」を、自分自身が分かったうえで声にできます。
これはとても大きな違いです。

他の誰かが歌う場合、その歌詞を理解し、丁寧に歌ってくれたとしても、言葉の奥にある背景まですべて同じように感じ取るのは簡単ではありません。
ですが、自分で歌うなら、その言葉が生まれたときの感情と、その言葉を歌う瞬間の声が同じ線の上にあります。

その一致があるからこそ、歌に無理が出にくくなり、自然な説得力が生まれます。
技術だけでは作れない強さが、そこにはあります。

解釈のズレが起こりにくい

自分で歌うことのもう一つの大きな価値は、解釈のズレが起こりにくいことです。

オリジナル曲は、最終的に歌が入った時点で印象が大きく決まります。
そのため、どれだけ丁寧に作っても、歌い方の方向が少し違うだけで、聴こえ方はかなり変わります。

ですが、自分で歌う場合、

  • どこを強く言いたいか
  • どこは抑えたいか
  • どこで感情を乗せたいか
  • どこはあえて淡々と歌いたいか

といった判断を、自分自身の感覚でそのまま反映できます。
つまり、曲の解釈と歌の表現が最もズレにくい形になります。

これは、完成後の納得感にも大きく関わってきます。
「思っていたのと少し違う」という引っかかりが少なく、自分の中でしっかりと着地しやすいのです。

自分の曲が、本当に「自分のもの」になる

そして、自分で歌う最大の価値は、オリジナル曲が単なる制作物ではなく、本当に自分のものになることだと思います。

作詞し、作曲し、アレンジが整っても、最後に自分の声が入ることで、その曲は「誰かが歌う曲」ではなく、自分が存在している曲になります。
それは所有の意味が変わる瞬間でもあります。

自分の言葉、自分のメロディ、自分の声。
それらが一つになったとき、その曲は初めて表現として一体化します。
この感覚は、他の誰かに歌ってもらう形では得にくいものです。

オリジナル曲を自分で歌うというのは、単に「歌唱担当が自分になる」という話ではありません。
それは、思い・解釈・声を一つに重ねて、作品を最後まで自分の手で成立させるということです。

だからこそ私は、自分のオリジナル曲を自分で歌うことには、非常に大きな意味があると考えています。
それは技術の話ではなく、表現が一体になることの価値です。

うまさより大切なもの|「上手い歌」より「届く歌」があります

オリジナル曲を自分で歌うことについてお話しすると、
「でも、自分は歌が上手くないから……」
と不安に感じる方は少なくありません。
確かに、音程を正確に取ることや、安定した発声、表現の技術は、歌をより聴きやすくする大切な要素です。

ですが、長く音楽制作を続け、多くの歌入れに立ち会ってきた中で、私は強く感じています。
それは、「上手い歌」と「届く歌」は必ずしも同じではないということです。

音程や技術だけでは埋まらないものがあります

歌が上手いというのは、ひとつの大きな魅力です。
音程が安定していて、リズムも正確で、聴き心地が良い。
それは確かに強みですし、音楽としての完成度にも関わってきます。

しかし、オリジナル曲の場合、それだけでは足りないことがあります。
なぜなら、その曲にはその人自身の言葉や思い、背景があるからです。
そこが十分に乗っていないと、どれだけきれいに歌われていても、どこかで表面的に聞こえてしまうことがあります。

逆に、多少の不器用さがあったとしても、
「この言葉を本当に大切にしている」
「この曲を自分のものとして歌っている」
という感覚が伝わる歌には、技術だけでは出せない強さがあります。

大切なのは、思いと納得が声に乗っているかどうか

オリジナル曲を歌うときに、音程や発声と同じくらい、あるいはそれ以上に重要なのが、その曲に対する思いと納得感です。

自分で作った言葉、自分で選んだテーマ、自分の中にあった感情。
それを自分の声で歌うとき、そこには自然と「自分の歌だ」というリアリティが生まれます。

このリアリティは、完璧な技術で歌えば自動的に出るものではありません。
むしろ、歌のうまさだけを意識しすぎると、言葉よりも歌い方の方が前に出てしまうこともあります。

もちろん、技術を磨くことは大切です。
ただ、オリジナル曲において最終的に人の心へ届くものは、「どれだけ上手く歌えたか」よりも、「どれだけ本当にその曲を自分のものとして歌えたか」であることが多いと感じています。

「上手い歌」より「届く歌」があります

私はこれまで、
「技術的にはとても整っているのに、なぜか心に残りにくい歌」
と、
「完璧ではないけれど、不思議と強く残る歌」
の両方にたくさん触れてきました。

その違いを作っているのは、やはり思い・納得・リアリティだと思います。

その曲を本当に大切に感じているか。
その言葉を、自分のものとして歌えているか。
無理をして背伸びした表現ではなく、自分の声で自然に届けられているか。
こうした部分が重なったとき、歌は「上手い」だけではない、届く表現になります。

だからこそ、オリジナル曲を自分で歌うことには大きな意味があります。
うまさだけで勝負する必要はありません。
それよりも、自分の思いを自分の声で、納得できる形で乗せられること。
そのことが、曲にとって何より大切な場合があります。

オリジナル曲に必要なのは、完璧な歌唱だけではありません。
「上手い歌」より「届く歌」がある。
私は、そこにこそ自分で歌う価値があると考えています。

歌うという体験|自分の言葉が、自分の声で存在し始める瞬間

オリジナル曲を自分で歌うことの価値は、単に「歌唱を担当する」ということではありません。
それは、自分の言葉を自分の声で外の世界に出すという、非常に特別な体験です。

普段、私たちは音楽を聴く側にいることがほとんどです。
好きな曲を聴き、気に入った歌詞に共感し、歌い手の表現に心を動かされる。
そうやって音楽を受け取ることに慣れています。

ですが、自分のオリジナル曲を自分で歌うとき、人はその立場を越えます。
聴く側から、表現する側へと移るのです。

自分の言葉を、自分で歌うということ

自分で考えた言葉に、自分の声が乗る。
それは単なる作業ではなく、自分の思いや記憶、感情を、音楽という形にして外へ出すことでもあります。

他の誰かの歌を歌うときには、その歌詞を自分なりに解釈して表現します。
けれどオリジナル曲では、そもそもその言葉が自分の中から出てきたものです。
そのため、歌うという行為そのものが、より深く自分自身とつながっています。

だからこそ、自分の言葉を自分で歌う体験には、他にはない強さがあります。
それは「誰かの歌を上手に歌う」こととはまったく違う種類の喜びです。

音楽の中に、自分が存在するようになります

楽曲に自分の声が入ると、その曲は単なるオリジナル作品ではなくなります。
そこには、自分自身が存在するようになります。

声はとても個人的なものです。
顔や名前と同じように、その人らしさがはっきりと現れます。
だから、自分の声が入ったオリジナル曲は、
「自分が作った曲」
であるだけでなく、
「自分がそこにいる曲」
になります。

これは、他の誰かに歌ってもらう形ではなかなか得られない感覚です。
曲を持つことと、自分がその曲の中に存在することは、似ているようで大きく違います。

その曲は、人生の一部になっていきます

一度、自分のオリジナル曲を自分で歌った経験は、時間が経っても残ります。
後からその音源を聴いたとき、そこには当時の自分の声、そのときの気持ち、その頃に感じていた空気まで閉じ込められています。

つまり、その曲は単なる作品にとどまらず、自分の人生の一部になっていきます。
記録であり、表現であり、思い出でもある。
そうした意味を持ち始めるのが、自分で歌うオリジナル曲の特徴です。

音楽を聴くことは楽しいものです。
けれど、自分がその音楽の中に入る体験は、また別の深さを持っています。
それは、ただ音楽を楽しむ側から、自分自身が音楽を生み出し、表現する側に移るということです。

オリジナル曲を自分で歌うというのは、まさにその転換点です。
聴く側から、表現する側へ。
その体験は、多くの人にとって新しく、そして強く心に残るものになるはずです。

実際の制作では、歌詞・メロディ・編曲・歌入れ・録音などを、
今ある素材やご希望に合わせて一つずつ整理しながら進めていきます。
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「自分の曲を、自分の声で完成させたい」を、そのままにしていませんか

この記事を読んで、
「やはり自分で歌うことに意味がある気がする」
「歌に自信はないけれど、自分の声で完成させてみたい」
と感じた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

ただ、その気持ちは多くの場合、
“自分に歌えるのだろうか”という不安の中で止まってしまいがちです。

大切なのは、最初から上手く歌えることではありません。
どんな思いで歌いたいのか、自分の曲をどんな形で完成させたいのか。
そこを整理することで、次の一歩は見えてきます。

自分で歌う場合のレコーディングや、当方で歌入れを行う場合の費用感は、
料金ページでも確認できます。
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自分で歌うための第一歩を整理してみる

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自分の声が入った瞬間、曲は“本当に自分のもの”になっていきます

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    ※営業は一切行いません。まずは、歌うことへの不安やイメージを整理するところからご一緒します。
    ソングメーカー代表
    井村淳也が直接お話を伺います。

    まとめ|曲は、歌うことで大きく育ちます

    オリジナル曲は、作詞や作曲、編曲の段階でかなり形になります。
    ですが、そこに自分の声が入ることで、初めて本当の意味で完成すると感じる場面は少なくありません。

    それまで音として存在していたものが、歌によって意味を持ち、感情を持ち、伝わるものへと変わっていきます。
    そして、その歌を自分で担うことで、曲は単なる制作物ではなく、自分自身の表現になります。

    誰かに任せるという形ももちろんあります。
    ですが、自分の言葉、自分の思い、自分のメロディを、最もズレなく表現できるのはやはり自分自身です。
    だからこそ、オリジナル曲を自分で歌うという選択には大きな意味があります。

    うまさだけがすべてではありません。
    大切なのは、その曲に対する思いと、自分の中での納得感、そして声に乗るリアリティです。
    そうしたものが重なったとき、歌は「うまい」だけではなく、届くものになります。

    もし今、

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    ここまで読んで、
    少しでも「自分で歌ってみたい」という気持ちが残った方へ。

    歌に自信がある必要はありません。
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