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プロフィール
「皆様、はじめまして!私が制作者の井村淳也と申します。心をこめて曲づくりいたします。よろしくお願いいたします。」

小学生の時、音楽の授業で聞いたクラシックに感動し、音楽に目覚める。14歳でエレキギターを始め、中学〜大学時代に数多くのバンドを結成。たまたまベース、ドラム、キーボードも家にあったため、ギター以外にもバンドを構成する楽器を、ボーカルも含め一通り経験。

19歳になって、本格的に作曲活動を開始。独学で音楽理論を学び、数百曲に及ぶ過去のヒット曲の構成を解析し、「シンプルなメロディラインこそが最も音楽的な魅力を引き出す」と考え、耳に心地良い、何度でも聞きたくなるような曲作りが身上。

現在までに手がけた曲数
作曲/編曲あわせて500曲以上 (過去の制作実績視聴)
モットーは、「美しく耳に残るメロディ、盛り上がる展開、創作的なアレンジ」。自然な転調、メロディラインの良さを引き出すような和音進行を好む。

制作者からのメッセージ
音楽大学を出たわけでも、専門学校に通ったわけでもありません。全くの、独学でやってきました。
多くの壁にぶつかりましたが、音楽家になりたいという夢を捨てることは出来ず、がむしゃらに頑張ってきました。
それは、ただただ音楽が好きだからです。
そんな、いわば「雑草ミュージシャン」の私でも、音楽が好きと言う思い一つで、編曲や作曲が出来るということを知って頂きたいです。
自分だけの音楽を楽しむということは、限られた人たちだけのものではないと、私は思います。

自分の培ってきた知識、技術を、一人でも多くの「音楽を愛する」人たちに役立てて欲しい。
私の作った曲がみなさんの心に感動を与えられるなら、これ以上の喜びはありません。

初心を忘れず、もっともっと良い音楽を作れるよう、一生懸命頑張ります。
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制作者の願い 優しさを音楽に込めて
制作者には、「音楽で人の心を癒したい」という願いがあります。
自分自身、とても辛い過去がありました。
不登校、いじめ、引きこもりといった、今社会で取りざたされているいろいろな問題を、人生で最も多感と思われる時期に、自分自身が経験してきています。「生きていくことが辛い」「消えてしまいたい」と何度も思いました。
でも、音楽に出会えたのも、ちょうど同じ頃でした。音楽の持つ不思議な力で、生きていく力を与えてもらいました。何に対しても後ろ向きだった自分が、前を向いて歩いていけるようになった。
今は、「生きていて良かった」と心から思えます。
今度は自分が、音楽を通じて、人に元気を届けたい。生きる力を届けたい。おこがましいかも知れませんが、そんな風に思っています。

辛い過去を経験して思うこと−
人を傷つけ、人を踏みつけて平気な顔をしているような人間には、絶対になりたくないという信念を持って生きてきました。
まだまだ未熟な私ですが、そんな信念のある私は、何よりも優しさを大切にしたいと思っています。
その優しさがたくさん詰まった曲、音を作りたい。
言葉にすると非常に漠然とした表現になってしまうのが歯がゆいですが、私はいつもそんな思いを抱きながら、音楽活動を進めております。

そして私は、こう思います。
音楽は誰も傷つけません。音楽には正解不正解はなく、点数もつきません。
差別もなく、仲間はずれも争いもなく、でも確かな喜びがあります。そして、無限の表現力があります。どこまでも自由です。
分かち合うことができます。共に聞くこと、歌うこと、伝えていくことができます。

自分が音楽で自分を取り戻せたように、傷ついた人の心を音楽で救うこともできるはずです。

まだまだ、人間として至らない点のある私です。しかし、音楽に対する情熱は誰にも負けないと思っています。
そして何より、私がこうして音楽家として生きていけるのも、私の音楽活動を支えてくださる方がいらっしゃるからです。
そんなすべての方への感謝の気持ちを忘れず、一所懸命、聞く人の心に届くような音楽を作れるように、頑張ってまいります。

音楽は、自分の生きがいであり、何もかもに自信を持てなかった自分にとって、唯一の胸を張れるものでした。
そして今、その音楽をお仕事にさせて頂き、私のそんな思いに多くの方が共感して下さり、これまでたくさんの音楽を作らせて頂きました。
今の私は、確信しています。音楽で生きる力を届けることは本当に出来るのだと言うことを。かつての自分がそうだったように、音楽で救われる人生もあるのだと言うことを。
そして、これからも音楽を続けていくことが自分の使命だと信じています。
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音楽の素晴らしさ〜苦しみの先に見えたもの〜
私は、中学生以降の長い間、人との付き合い方に多くの苦労をしながら生きております。
いじめられた経験もあった私は、人との輪に溶け込めず、不登校になり、引きこもりになり、心を閉ざしながら生きてきました。

よく「優しい人だ」と言われるが、それは自分自身で本心から出来ている優しさなのか?それとも、自分を守るために、そうせざるを得ないだけなのか?そういったことを考え、悩み続けました。

実際、学校や会社等、多くの人との関わりがある場面では、私は常に必死でした。
勉強や仕事をするよりも、はるかに大きいエネルギーを人間関係に使っていたと思います。人との付き合いに恐怖し、ありのままの自分でいられない。こんなに苦しいことはありません。辛い場面から逃げ出したことは、何度もあります。そのたびに情けなく、自己嫌悪になり、いっそう自信を失っていきました。

私は、このような過去を持つ人間です。
日本は特に、社会に出て人間関係を上手く処理できる人物が好まれ、そうでない人間は徐々に隅に追いやられ、非常に生きづらい現実に直面してしまう、そういった社会性を持っている国ではないかと思います。そして、私自身もそういった社会で孤立感を強め、挫折、居場所の無さ、生き辛さを強く感じた一人です。

しかし、そのような人間でも、出来ることがあるはず。人の役に立ち、感動を与え、幸せな気持ちに出来ることがあるはずだ。少なくとも私は、そう信じて生きてきました。そしてそうすることで、少しずつ、本当に少しずつですが、自分に自信を持つことができ、人とのつながりを築いていけるようになったと感じています。

今でも、心の苦しみを断ち切ることは出来ていませんけれども、「自分でも出来ることがある」、そう胸を張って言えることは、本当に素晴らしいことだと思います。そして、私の場合はそれが音楽でした。それが生きてゆく強さ、勇気につながり、困難に立ち向かう力となったのです。
そんな素晴らしい力を持つ音楽を、多くの人に届けていきたいと思います。
「自分のような人間でも自信を持ち、強く生きていくことが出来る」というメッセージを伝えることが、私に与えられた使命だと信じています。

この文章を読んでくださった方のうち、どのくらいの方が共感してくださるかは分かりません。そして、こんなにも弱かった自分の過去をこの場でさらけ出すことが、果たして正しいのかどうかも分かりません。しかし、私と同じような苦しみを感じている人が、一人でも共感して、少しでも勇気を持ってくださることができれば。本当に幸せだと感じます。
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そして、亡き友の遺志を継げるように−
先日、一人の若い音楽家が、がんで亡くなりました。たいへん才能のある、素敵な楽曲を作る方でした。実はその方とは実際に会ったこともなく、顔も知りません。その方は、編曲の依頼を多くしてくださる、お客さまでした。一年以上の闘病生活の末、安らかに旅立たれました。

その方は、私と同じように、過去に悲しい現実を経験し、その現実を受け止め、勇気を持つことで生きてきた。そして、何より音楽によって生きる力を得られた。生前に、そう語っていました。

お客さまでしたから、「友人」として付き合っていたわけではありません。しかし、その方を失って今、自分と多くの共通点があり、同じ思いを抱いて音楽をやっていたのだ。そう感じています。
【音楽で優しさを、生きる力を、多くの人たちへ届けたい】と−

そして今、私の心の中にはその方の想いが生きている気がしているのです。お客さまではなく、大切な友人として。同じ一人の、音楽を愛する人間として。

亡き友の夢、音楽を通じて伝えたかったこと、音楽に対する想い、そんなすべてのものを、自分の力に変えていきたいと思います。

私自身も、生きることに心底絶望し、生きる気力を失いかけたこともありました。「自分は生きる価値のない人間なのではないか」と本気で悩み、苦しみ、追い詰められました。
しかし自分が今こうして、生きている。生きて、自分の愛する音楽を多くの方に届けることが出来る。きっと、こんな自分にも音楽を通じて出来ることが、やるべきことがあるんだ、と感じています。
<俺は先にいくけど、お前はもっともっと、俺が叶えられなかった分まで、頑張ってくれよ!ずっと応援してるぞ!>
亡き友が、はるか宇宙のどこかから自分にそう、言ってくれているような気がして。

だから、私はこれからも、音楽を精一杯続けていこうという想いを、改めて強くしました。友のためにも、「Dream road」−夢の道を、歩き続けたいと思います。
未だ無名の、しかし偉大なる、若き音楽家への敬意と、感謝の想いを込めて。2010年4月19日
(「Dream road」は、彼が最も大切だと語っていた彼自身のオリジナル曲のタイトルです)
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