日常のできごとから~ブログタイトルに込めた思い

(カテゴリー「日常のできごとから」の7つ目、全体では109番目の記事です。記事一覧

皆さんこんにちは!ソングメーカー代表の、井村淳也です。

今日もブログをお読みくださり、ありがとうございます!

随分久しぶりのブログ更新になってしまいました!

決して過労でダウンしていたとか、病気になっていた・・・なんてことはありませんよ。
夏の充電期間を、過ごさせて頂きました♪

夏も終わりへ

ところで夏と言えば、いつの間にかもう夏も終わりと言っていい時期になっていますね。
皆さんは素敵な夏を過ごされましたでしょうか?

あと1ヶ月もすれば一気に秋めいてくるはずです。
これからの季節の移り変わりが大好きな私でした。

さて今回のブログ記事、久しぶりということもありまして、このタイトル
家族のためならドレミファソラシド♪
について、お話させて頂きたいと思います。

ひとりぼっちの時間が長かったからこそ

私は幼い頃から、一人遊びが得意な子だった・・・そうです。
よく、親からそう言われました。

実際にそうだったのだとも思います、物心付いた頃から、よく一人で遊んでいた記憶がありますからね。
別にそれが寂しいとか、嫌だとかはあまり思わなかったのですよね。

そして中学以降は、私にとって人生を大きく左右することになる、人間関係での悩みを経験していくこととなります。
その頃からは、一人で過ごす時間がどんどん多くなっていったように思います。

元々、そういう性格だったところに、辛い経験を重ねることで、より自分だけの世界を作ってしまい、その中に閉じこもるようになっていったのだと思うんです。

元々一人でいることが苦ではなかった、とは言え、独りぼっちで過ごすことはやっぱり、辛いものでした。
自分の心の中にあるものを、うまく伝えることができなくて、人との関係を築いていくことに諦めてしまっていたんですね。

そんな時期を長く過ごしました。

それでもそんな私にも、いつしか家庭という大切な、とても大切な場所ができました。

長く独りぼっちの時間を過ごしてきたからこそ、その大切さが一層身にしみてわかります。

こんな自分にも家族がいるんだ。
そう思えること、感じられること。それは私にとって、いつでも変わらないことです。

これからも、その大切な家族を守っていけるように、生きていきたいと思うんです。

家族のために生きていく、生きていけるということ

以前の私は、自分を守ることばかり考えて生きていたんだと思います。

結婚する前、妻とよく大喧嘩しました。
原因を作るのは、いつも私。
大抵、些細なことから始まり、言葉がすれ違って口論になってしまうんです。
傷つけてしまうような言葉も何度も言ってしまい、後で後悔して・・・そんなことを繰り返していました。

そんな時、よく妻に言われました。
「どうして、そんなに自分を守ろうとするの?」

人とうまくコミュニケーションがとれず、心の中にある思い、考えを素直に伝えることができなかった私は、感情の起伏が激しく、些細なことでイライラして、しかもその理由を説明することすら、満足にできませんでした。

喧嘩になるのも当然ですよね。

私は、自分のことは自分で守るしかない、そのことに必死になって生きてきたのだと思います。
辛いことがたくさん、あったから。
だからこそ一人でいることが多くて、だけどその思いを誰にも言えなくて・・・
そんな人生を送ってきたのだと思います。

そんな私の心を少しずつ、解していってくれた家族の存在は、私にとっては言葉では言い表せないほどに大きなものなんです。

欠点ばかりの自分だけど、そんな自分を見つめなおして、変わろうと思える。

それが私にとっての家族なんです。

家族と自分をつなぐ音楽の存在

そして、今の自分がこうして、家族と一緒にいられること。
その陰にはもちろん、音楽の存在があります。

音楽が私を変えてくれた。
自信の持てなかった自分を変えて、少しずつ前を向いて生きていけるようになった。

それが、自分が夫として、父として、一人の人間として、少しずつでも変わっていこうと思える力になっていったことは、言うまでもないことだと思います。

家族と、音楽。
私にとってどちらも特別なもので、同時に、大切に守り続けていくべきものです。
そうやって生きていくことが自分自身の幸せにもつながるし、そして、家族も幸せにしたい。そう思います。

だからこそ、こうしてブログのタイトルを決めました。
正直に言えば、気恥ずかしい思いもありますけど、今、改めてこのタイトルにしたことを良かったと思っています。

何よりも、家族のために音楽を作り続ける。
それが私にとって人生の目標であり、誇りであり、心の支えなんです。

今回は、ブログタイトルから家族への思いをお伝えさせて頂きました。
最後までご覧下さり、ありがとうございました!

日常のできごとから~職業病

(カテゴリー「日常のできごとから」の6つ目、全体では71番目の記事です。記事一覧

皆さんこんにちは!ソングメーカー代表の、井村淳也です。

今日もブログをお読みくださり、ありがとうございます!

バリカン

我が家では息子のヘアカットを自宅でやっています。
家庭用のバリカンで、結構いい感じにできるんですよね。

本人的にもまだ、お店で切ってもらうより家でやるほうがいいみたいで。
で、私が切ってるんですけど、結構散髪って面白いんですよね!

美容師になりたいなと思ったことはないんですけど、お仕事でするのは大変だろうなあと思います。

初対面の相手がほとんどだろうし、その人の体の一部に刃物を向けるわけですからね。
しかも、切りながらもいろいろなことに気を配らないといけないし・・・
そのうえ立ち仕事で、体力的にもキツイだろうと思います。

美容師さん、本当に素敵なお仕事だなと改めて思いました♪

さて、今日はそんな、職業のお話。
私は音楽家となって、お仕事させて頂くようになり9年目です。
日々、その喜びをかみ締めながら音楽制作を頑張っています!

ですが・・・少しだけですが、悩みもあったりするのです。

そんな私の、職業病とも言えるような症状を、今回はお話させて頂きますね。

かなり専門的なお話になってしまうのですが、
「へぇ~そんなこともあるんだな」
程度に思って頂ければ嬉しいです♪

勝手に脳が耳コピを始める

これ、意外と深刻な悩みだったりもするのですが。。。

耳コピというのは、
「耳で聞いてコピーする」
の略、ではないでしょうか。

音楽をやっている人にとってはわりと普通の言葉だったりするけれど、正式な名前ではないと思います。

その言葉通り、その曲がどんな音符を鳴らしているかを考えるということですね。

具体的に言えば、3つのつながった音の並びがあるとすると、それが
ド~レ~ミ~
なのか、
ミ~ソ~ド~
なのかを考える作業、そんなイメージです。

「音符」といっても、音の長さとかタイミングは、大体感覚で分かりますよね?
耳コピというのは、それ以外に、音の高さまでを把握するということです。

実際、私のお仕事でも耳コピのご依頼もあったりします。

「市販の楽譜を買えばいいんじゃないの?」
と思われるかもしれませんが、なかなか楽譜が手に入らなかったり、そもそも楽譜そのものを出版していない楽曲だったり。
そんな時に、耳コピご依頼のニーズがあるわけです。

と、そこまではいいのですが、私の場合、そういう作業に慣れすぎてしまっていて、街中やテレビなどで音楽が流れると、つい、無意識に耳コピをしてしまうのです!

実際、私は巷で流れているJ-popとか、ロックとか、演歌、歌謡曲、BGMの類もそうですが、ほとんどの楽曲は聴いただけである程度の耳コピが出来ます。
もちろん、正確に聞き分けて特定するためには、実際に自分の制作現場で音を出して確認する必要がりますが、それでもパッと聞いただけである程度は想像できてしまうのです。

それがかえって、職業病になってしまいました。

以前のように音楽を純粋に聴いて楽しむ、ということが、うまくできないこともありまして・・・

もちろん、そんな一つ一つはすべて自分の勉強にもなるのですけど、ちょっと辛いときもあるんですよね。

相対音感

それでもまだ、私はいわゆる
「絶対音感」
の持ち主ではないため、まだマシな方です。

絶対音感というのは、ご存知の方もいると思いますが、ある音を聞いただけで例えばそれが
「あ、”ド”の音だな」
と分かってしまうという能力のことです。

私の場合は、それに対して
「相対音感」
と言いまして、その音そのものの音程は分かりませんが、楽曲全体の音程の位置関係は分かります。
耳コピをするときも、その相対音感の感覚と、音楽理論を混ぜ合わせながら、作業を進めていくんです。
どちらかと言えば、頭で考えてその音程を解明していくというイメージですね。
音が鳴った瞬間、その音程が分かるということはありません。

ですから、絶対音感の持ち主の方と比べればまだ、マシなのではないかと思います。
もし自分が絶対音感を持っていたら・・・

例えば、何かの曲の一発目の音がジャーン!と鳴るとしますよね。
そうすると、その音が何の音かわかってしまう。
すると、その和音も分かり、和音から考えて次は大体、こんな感じに進んでいくだろうな。
と、瞬時に考えてしまうと思うんです。

頭の中にどんどん、無意識に音楽のことが入り込んでしまう状況ですね。
考えただけでも疲れそうです・・・

聴覚

耳は、五感の中でも最も
「自然に入ってきてしまう」
感覚ですよね。

他の四つは、意識的に避けることができますが、聴覚だけは自然に入ってきてしまう。
耳をふさいだとしても、完全に聞こえなくなるわけではないですよね。

だからこその悩みと言えるかもしれませんね。

そう考えると、まぶたを閉じると完全に視界が遮られるようになっているのは、何か特別な意味があるのかもしれないと思ったりしました。

生物の進化には、必ず理由があると言いますよね。

むしろ逆に、常に耳が聞こえているための理由があったのかも。
例えば、まだ狩猟をしていた時代。
人間だって、いつ、大型動物に襲われてしまうか分からない状況だったのですから、常に耳が聞こえていないと危険だった、ということかもしれません。

それが今では、楽しみのために音楽を聴くようになっているわけですから、人間の進化というか文明の進歩って、すごいですよね!

その進歩があったからこそ、今の自分の仕事もあるわけですし。

話が大きくそれてしまいましたが、何というか
「人間の耳」
に特別な力を改めて感じました。

趣味が仕事になるということの意味

実際、以前の私はもっと音楽を純粋に聴いていたなあ。。。と感じることもあります。
色々なアーティストの、色々な曲が好きで、ああ、こんな曲が作れたらいいな。
そんな思いを強く持っていました。
そして、その思いをかなえるために今までたくさん音楽の勉強をして、実際に作ることができるようにやってきました。

その結果、今の自分ならおよそどんな音楽でも作ることができるだろう、と思えるようになったのです。

その、引き換えとして、純粋に音楽を聞いて楽しむということが難しくなってしまったのかもしれませんね。
少し悲しいことですが、それでも、やっぱり今の自分になれるまでのすべての音楽経験は、素晴らしいものだったと思っています。

なぜなら、昔の自分では得られなかった
「音楽を作る喜び」
を、果てしなく突き詰めていくことができるんですからね!

それがきっと、趣味を仕事にしていく、という意味なのかなとも思います。
大切な何かを失いながらも、また新しい、もっと大切なものを身につけていく。

その先に新しい自分がきっといるはずだと信じて、これからも音楽制作を続けていきたいと改めて思うのでした。

今回も最後までお読み下さり、ありがとうございました!

日常のできごとから~家族と一緒に過ごすこと、成長できること。

(カテゴリー「日常のできごとから」の6つ目、全体では63番目の記事です。記事一覧

皆さんこんにちは!ソングメーカー代表の、井村淳也です。

今日もブログをお読みくださり、ありがとうございます!

ポテチ

最近は食べる機会が少なくなりましたが、たまに、無性に食べたくなるんですよね!
今日のおやつは、久しぶりにそんなポテチでした。

皆さんは、どの味が好きですか?

私は、
うすしお コンソメ のりしお
の順に好きですね。

どの味もおいしいんですけど、あえて順番をつけるとすればこんな感じです。

そんなポテチ、コーヒーと一緒に食べると相性抜群ですよ!
ポケモンで言うなら、ノーマルと格闘って感じでしょうか。

お菓子は大体、なんでも好きな私ですが、ポテチは永遠の大好物ですね♪

さて、今回のテーマは家族。
私にとって、一番大切なもの。
それは、家族です。

このブログのタイトルでもある、家族のためにがんばること。
家族がいるから毎日がんばれます。
今の自分は、ずっと夢だった音楽制作を仕事としています。

それでも、もちろん楽なことばかりではありません。

そんなとき、何よりも家族の存在が私を強くします。

今回は、私の家族への思いを、この場を借りて書かせて頂きたいと思います。

あたたかい家庭を

私がずっと思い続けたこと。

それは、
「あたたかい家庭を作りたい」
ということです。

誰かと比べることもなく、世間の価値観にとらわれることもなく。
ただ、ただ一緒にいてあたたかく、安らげる家庭。
家族の誰もが笑顔で、明るい気持ちでいられる家庭。

そんな家庭を作ることができたらと、ずっと思っていました。

自分にとっても、家族にとっても、幸せな家庭。
それが私の憧れだったし、毎日、その実現のために自分のできることは何でもしたいと思うんです。

家庭は、私の生きがいなんです。

いい日ばかりじゃない

もちろん、人生は山あり谷ありですよね。
それは家庭内であっても同じです。

いい日ばかりじゃない。
夫婦喧嘩もすれば、息子が反抗することもあります。
息子に必要以上に厳しくしてしまい自己嫌悪に陥ることも、しょっちゅう。
夫婦で意見が合わないときもあるし、傷つけあってしまう日もある。
実際、昨日も自分のちょっとした言葉が原因で、妻を悲しませてしまい、大変落ち込みましたし・・・そもそも私は、自分の思いを言葉に出して伝えることが、うまくできないと感じる時もあります。
こうして文章に残すのと、言葉に出して言うのとでは、自分の表現力に違いがあるように思うのです。
家族を傷つけてしまう一言を、つい口に出してしまったり。
どうして、あんなことを言ってしまったのか・・・と後悔することも、何度もありました。

それでも、そんな色々な出来事を一緒に経験しながら、乗り越えていくことで、さらに家族の絆が深まるんだと思うんです。
楽しい日も、落ち込む日も、どんな日も、家族にとって大切な1ページ。

笑いも、涙も、何もかも一緒に包み込んで行けるような、そんな関係だからこそ、ひとりひとりの存在を認め合える。
心から大切にしたいと思える。

人間って、そういうものなんじゃないかなと思うのです。
だから、私も自分自身のことを省みて、家族のためにも成長していきたいと、素直に思えるんです。

本音で向き合うこと。相手のことを本気で思っているから。

家族とはいえ、別の人間です。
血のつながっている実の親子同士でさえ、それは言えます。
もちろん、子供は親の望みどおりに動くわけではないし、本来その権利も義務もないはずです。
子供だって、大人だって、誰だって一人の人間として、尊重され、大切にされるべき存在です。
だからこそ、本音を言い合えることが大切なんだと思うのです。
それは、相手のことを本気で、真剣に考えているから。
家族への、そんな真摯な思いは、きっと家族の絆を強くしていくはずです。

真剣に考えているからこそ、本音で向き合える。
本音で向き合うからこそ、より家族への思いが深くなる。

私はいつも、そう思って家族と向き合うようにしています。

親として、夫として、まだまだ未熟な人間なのですが、家族を思う気持ちだけは、何よりも大切にしたい。
そう思っています。

ひとりぼっちの時間が長かったからこそ

家族と一緒にいられること、そのありがたさは、私のように人との関係で苦しみ続けてきた人間にとって、なおさら大きなものに感じます。
ありのままの自分、無理せずにいられる自分を出せる、ということ。

そういう場所がある、自分の居場所がある。
それが私にとって、本当に幸せなことなのです。

高校生のとき、不登校になって、行く宛てもなくただ、街をさまよっていた頃。
本当に孤独で、世界からたった一人、取り残されているような気がしていました。

心の中は寂しさと、不安で一杯だったのに、その思いを誰にも打ち明けられず、ただ一人で抱え込んでいたこと。

そんな頃をふと、思い出すと、今の自分がどれだけ幸せか、改めて感じるのです。

あの頃の自分は、もうどこにもいません。

だから、ずっと守りたい

そんな、私にとって大切な家族。
いつまでも、ずっと守りたいと思います。

家族のことを思えば、胸があたたかくなるのを感じます。
優しい気持ちになれるし、またがんばろうと思えるんです。
家族がいなければ、今の私はありません。
家族の幸せが、私の幸せです。

家族を愛しています。
いつまでもこの思いは変わりません。

そして、私にとって本当に大切なこと。
家族のために、こうして音楽家として生きていられること。
そんな自分を誇りに思うし、これからもずっと、家族のためにがんばって生きていきたいのです。

それが、私の心からの願いです。

今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました。

日常のできごとから~私の好きな時間

(カテゴリー「日常のできごとから」の5つ目、全体では49番目の記事です。記事一覧

皆さんこんにちは!ソングメーカー代表の、井村淳也です。

今日もブログをお読みくださり、ありがとうございます!

パーカー

職場は冬、とても寒いです。
エアコンしかないので、なかなか暖まってくれません。

お昼頃から15時頃までは暖かいんですけどね。

最近は、パーカーのフードをすっぽりかぶって仕事してるときもあります。
首から上を覆うだけで、だいぶ違いますよね!
考えてみれば、首から下はほとんど覆われているわけだから、最後に残った部分ですからね。

私は午前中が一日で最も集中できる時間帯だと思っているので、寒さで集中できなくなるのは勿体無いですからね!

皆さんこんにちは!ソングメーカー代表、井村淳也です。
いつもブログをお読みくださってありがとうございます。

さて今回は、私の好きな時間についてお話させていただきますね。

あまり音楽とは関係ないのですが、これも
「井村淳也の人となりを知って頂こうプロジェクト」(・・・あったの?)
の一環として、お読み頂ければ嬉しいです!

家族とのご飯

何と言っても一番好きなのが、この時間。
それも、外食ではなくて、家で食べるときです。

我が家は基本、食事のときはテレビをつけないようにしています。
しつけとか言うよりも、ただ家族で一緒にいろいろ話をしながら、ご飯を食べる時間が幸せなんですよね。

テレビがついていると、どうしても
「一人ひとり 対 テレビ」
みたいな、関係になってしまいませんか?

話題もテレビのことが中心になってしまったり。
会話があるならそれはそれでいいのかもしれませんが、やっぱり、今日あったこととか、今楽しくしてることとか、自分たちの話題で話せたら嬉しいなと思うんです。

息子にとっても、そんな思い出を少しでも持ってもらえたらいいなと思っているんです。
毎日の何気ないことで、毎日必ずすることだからこそ、あったかい時間だったなといつか思ってもらえたら嬉しいですね。

出張のときの新幹線

これはお好きな人も多いのではないでしょうか?
あのなんともいえない
「プチ旅行」
感がたまらないんですよね。

そして、なんといっても駅弁のおいしさ!
選ぶときもまた楽しいんですよね。
私は迷うと、大体いつも幕の内系になります。

駅弁ってなんであんなにおいしいんでしょうかね?
何か、普段決して食べないような上級な素材を使っているとしか思えないほどのおいしさです。
たぶん、あの状況でおいしさ3割くらい増しになってるようにも思いますが、車窓から流れる景色を眺めながらの駅弁、やっぱり最高です!

仕事に向かう緊張感と、ひとときのくつろげる時間のバランスが、なんともいえない充実感を与えてくれるのかもしれません。
そして、出張から帰ってくる新幹線も、やり終わったという安堵感に満たされて、やっぱり駅弁がおいしいのですよねえ。

朝イチの仕事をはじめるときのコーヒー

私はタバコは吸わないのですが、食後の一服ってこんな感じなんでしょうか?

コーヒーはブラック派になって、もう何年経つのか分かりませんが、一日の中で一番おいしい時間帯のような気もします。
そもそも、私は一日の集中力に波がありまして、午前中が一番集中できる
「ゴールデンタイム」
なのですが、その時間帯は味覚も研ぎ澄まされているのかもしれませんね。

ちなみに私、ブラック派といいつつも、苦いものは比較的苦手のようで・・・
コンビ二とかファミレスとかの、苦い方にブレンドしたようなコーヒーはあんまり飲まないのですよね。

味覚が子供っぽいのかもしれませんね。ビールも、最初の一杯でもう十分!て感じですし。

以前はコーヒーメーカーで粉から入れていましたが、もちろんそれはそれはとても美味しいのですが結構あれ、手間じゃないですか?
しかもそのつど、粉のゴミが出ますよね。あれも地味に面倒で・・・

そんなわけで、結局私が落ち着いたのは
「インスタントコーヒー個包装」
のタイプです。
これなら味、香り、鮮度、手間(とゴミ)、そして値段。
すべてのバランスを考えると、これが自分にとっては最高のコーヒーなんです!

音楽を聞きながらのドライブ

ここまでずっと食べることばかりでしたが・・・ようやく音楽ネタが来ましたね!

車の中なら大きい音でも聞けるし、もともと車の運転が好きなので、本当に幸せな空間です。
特に夜のドライブが最高!

また、仕事で作った音楽を流して、音のチェックをしたりもしますね。
イヤホン、ヘッドホン、スピーカー、お客様によって色々な聞き方をすると思うのですが、車内で流すという方も多くいらっしゃると思うので、実際の聞こえ方を確認します。

最近はBluetoothのカーステレオ(付きナビ)が普及してきました。
これは本当に便利ですよね。
スマホのハンズフリーももちろんできるし、車内が一気に快適な空間になりました。

カーステと言えば、以前はMDばかりでした。
今はSDカードに何百曲も余裕で入りますし、Bluetoothもありますから、隔世の感があります。

でも改めて思うのは、音楽を楽しむ形はどんどん進化しても、音楽そのものは何も変わっていないのだということ。
きっとこれから先も、ずっと変わらないものなのだと思います。

だからこそ、音楽家としての道はまだまだ長い!
これからも、より良い音楽を作れるように修行あるのみですね。
これからもがんばります!

と、いった感じで何とかうまくまとまった(かな?)ところで、今回は終わりとさせて頂きます。

今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました。

日常のできごとから~一人の「父」として、願うこと

(カテゴリー「日常のできごとから」の4つ目、全体では35番目の記事です。記事一覧

皆さんこんにちは!ソングメーカー代表の、井村淳也です。

いつも当ブログをお読みくださってありがとうございます!

きらきら星

基本、冬が好きな私ですが、冬にも困ることがあります。

それは、光熱費の高さ。。。

暖房やストーブの灯油代、結構かかるですよねえ。
特に先週あたりはとても冷え込んで、灯油の減るスピードがとても早かったです。

灯油の補充って、面倒ですよね!

油切れが近いよ~、とストーブが教えてくれるときの音楽が「きらきら星」なので、すっかりきらきら星を聞くと、ドキッとしてしまう私です。

さて今回は、
日常のできごとから~一人の「父」として、願うこと

を、書かせて頂きます。

父親になるということ

以前の記事でもお伝えしましたが、私には現在一人息子がおります。
今小学校4年生の、9歳です。
生まれてからもうすぐ10年も経つのか!と思うと、時間の経つ早さ、子供の成長する早さに驚くばかりですね。

今でこそ
「自分が父親なんだ」
という自覚はちゃんとありますが、生まれたときはもちろん、しばらくの間は親であることの自覚に乏しかったように思います。

家族をないがしろにしていた、とかそういうことではないんです。
私なりに精一杯、家族を守るために今まで頑張ってきたつもりです。

もっと感覚的な、気持ち的な問題なんですが、自分が親なんだということを実感としてなかなか感じることが出来ませんでした。

母親と違って、父親というのは子供=新しい命が授かってから生まれるまで、体の変化というのは特にありません。
妻や女性に聞くと、お腹の中で少しずつ育っていく感じ、というのが分かると聞きます。
それは、もちろんそうでしょう。(想像でしか言えないのですが・・・)

体の中で新しい命を宿して、自分とまさに一心同体になって育てていく。
そして、とても辛い思いをしながらも、出産を経験して新しい命を誕生させる。

こんなことができる女性は、本当に素晴らしい存在だと思います。
「出産の痛みを経験すると男は・・・」
なんて話もよく聞きますが、それに限らず、そんな大仕事を女性なら誰でもやってのけてしまうということ、それ自体が男の私にとっては頭の下がることだなあと思うのです。
実際に、妻の妊娠・出産をこの目で見てきていますから、なおさらですよね。

そんな風に、母親はまさに生まれるまでに既に母親になっているのですが、父親というのはなかなか、そうもいかない生き物のようで・・・

無事に出産して生まれてくれた。もちろん、こんなに嬉しい瞬間はありません!
それでも、頭では自分の子だと分かっていても、まだ自分とのつながりを実感できない。
それは生まれてからしばらくの間、続きました。

妻と一緒に子育てをしながら、一緒に少しずつ成長していくことで、自分も少しずつ親になる。
それは、特に男性にとって言えることではないかなと思います。

妊娠、出産、授乳はもちろん、どんな子育ての作業や世話も、きっと女性にはかなわない部分が多いのだと思います。
だからこそ、私たち男は少しでも子供や妻と一緒にいる時間を作って、日々の大変な子育てに寄り添いながら生きていくことで、本当の父親としての自覚が育っていくのではないかなと思うんですよね。

実際、私がそういう感じでした。
妻と二人三脚で子育てをしていくうちに、少しずつ、父親としての自分に自信が持てるようになっていった、と思います。

今でも、ダメな父親だなと落ち込むことは、ちょいちょいありますけどね・・・

子供との接し方

実は私は、幼少時代あまり父親と遊んだ記憶がありません。
父の仕事は土日出勤が多く、どうしても時間的にすれ違ってしまったのです。

そんなわけで、私自身、息子とどう接していけばいいのか、最初は正直とても戸惑いました。
以前の記事でも書きましたが、手探りの日々だったと思います。
とにかく、それでも一緒に過ごすことが大事だと思い、自分に出来ることで息子と遊んだり、出かけたり、色々なことを話したり。
とにかく、一緒にいる、そばにいること。
共感して話を聞くこと。
生きていくために大切なことを、自分の言葉で、自分の気持ちを息子に伝えること。
いつでも、どうなっても、大切なんだよ、大好きだよと伝えること。

そんなことを、今まで心がけてきました。
それは、私自身が、子供の頃そうして欲しかったからです。
自分がして欲しかったことを、息子には出来るだけしたいと思うからです。

私は2008年に独立し、ソングメーカーを立ち上げたのですが、実はその少し前、職場では海外子会社の担当業務をしておりました。
何度か海外出張は経験させて頂いたのですが、どうもそろそろ海外に転籍になるのではという噂を耳にしたのです。
もちろん、はっきり言われたわけではありませんでしたので、ただの噂だったのかもしれません。
それでも私は、考えました。

おそらく海外に行けば、5年、下手すれば10年以上は帰ってこれなくなる。
そうすれば息子はあっという間に中学生くらいになってしまう。
子供と過ごす、一番大切な時間に、一緒にいられなくなる。

一番大切なのは、家族と過ごすことだ。

そう、決めたのです。

もちろん、仕事ですから、指示されれば当然従うことしかありません。
ではどうすればいいのか・・・そう考えたとき、ちょうど以前から考えていたこと。
音楽家として独立することを、改めて決意したのです。

もしかすると、私の選択は間違っているかもしれない、そう考えました。
勤めている以上、会社の指示で出張、異動に従うのは当然のこと。
結果として家族と離れてしまうとしても、それは社会人として、受け入れていくもの。
そのために、職場を辞めるなどというリスクを負うのは、取るべき行動ではない。

そんな風に思い、悩みました。

それでも私は、家族との時間を優先したいと強く思ったのです。
そして、職場を辞める決心をしました。

結果、私は息子が生まれてからずっと、そばにいることができています。
生まれてきてからの彼の成長、一つ一つを覚えています。
そんな風に父親として一緒にいられたことは、本当に幸せなこと。
あらためて、そう思っています。

息子がいてくれるから

そして今、私は息子の存在をとても大きく感じています。

親として子供のことを思う気持ちはもちろんあります。
でもそれ以上に、私自身が息子に助けられているのです。

私は名刺入れに、幼い頃の息子にもらった手紙をいつも入れて持ち歩いています。

仕事で大変なときやくじけそうなとき、これを見ると力をもらえるんです。
ふっと楽な気持ちになって、よし、また頑張るからねという勇気がわいてくる。

何かで落ち込んだときにも、何度も励ましてくれました。
私が精神的に追い詰められていた時も、息子は私のことをただ信じて、慰めてくれました。

そんなたくさんの感謝の気持ちを、私はずっと忘れません。
そして、そんな風に息子を育ててくれた、妻への感謝の気持ちも。

そんな大切な家族を守るために、これからも頑張っていきたいと、改めて思うんです。

息子になってほしいもの

そんな彼に、将来なってほしいものがあります。

それは
「この家庭に生まれて良かった。幸せな人生だった」
と、心から思って欲しいということです。

学校とか、仕事とか、もちろん生きていくために必要なことはたくさんあります。
親として教えるべきこと、社会で生きていくための大切なこと、これから身につけていかなくてはならないことも、たくさんあるでしょう。
でも、私が息子に望むのはただひとつ。幸せになってほしい、それだけです。
息子が本当に幸せだと、自分で思えたのなら、私は親として、それ以上何も望むことはありません。
そして、それが私たちにとっても、何よりも幸せなことです。

これからも、大切な家族を守れるように生きていきたいと思います。

今回は、
日常のできごとから~一人の「父」として、願うこと
を書かせて頂きました。
最後までお読み下さり、ありがとうございました。

日常のできごとから~ブログを書き始めて思うこと

(カテゴリー「日常のできごとから」の3つ目、全体では32番目の記事です。記事一覧

皆さんこんにちは!
ソングメーカー代表、井村淳也と申します。

今日も、当ブログをご覧下さりありがとうございます!

おかげさまで

当ブログを読んで下さる方が少しずつ増えているようです。

とてもありがたいことです!

読んだよ~、とか、感想を教えて下さったり。
私の人となりを、多少でも感じてくださっているとのことで、とても嬉しいですね。

音楽制作を仕事としている私ですが、作詞をはじめ、言葉で自分の思いを発信する機会も少なくありません。
そんな私にとって、こうしてブログで自己表現を続けていくことは、意味のあることなのだと改めて感じています。

今回は、そんなブログを書くこと、そのものをテーマにしたいと思います。

自分のことを表現する

今のところ、30記事ほど書かせて頂きました。
クリスマスから書き始め、今のところ毎日欠かさず更新を続けられております。

最初のうちは、なかなか筆ならぬキーボードが進まずに悩んだりもしましたが、独特な“ブログ感”にもだいぶ慣れたようです。

何を書けばいいかな?
こんな内容で面白いかな?

と、色々考えてしまって言葉が出てこない。
内容そのもの、というより、テーマ自体にこだわってしまっていた、という感じでしょうか?

そもそもブログを始めたきっかけは、一番最初の記事で書かせて頂いておりますが、広く世の中に必要として頂きたいと考える、音楽家の私・井村淳也の人となりを知って頂きたいというものでした。
そう考えれば、本来どんな内容であれ、自分のことを表現できている内容ならば、それで十分なのだと思うようになりました。

今回のテーマが、まさにそんな感じではないかと思うのですよね。

もちろん、そこには私の生の思いを分かりやすい言葉で綴る必要があると考えています。
私の人となりを知って頂く、ということは、それだけの重みを持っているのだと思うからです。

私が音楽家であると同時に、事業を運営する立場であること。
お客さまが私のことを知って下さり、理解・共感して下さって、音楽制作のお仕事を頂けるということに対し、何よりも一人の人間としての責任を強く感じるからです。

もともと、何かを書くことが好きでした

思えば私は、幼い頃から、何か言葉で表すことが好きな少年でした。

学校の勉強でも、教科の中では国語が安定して好きだったんですよね。
作文とか、詞とか。大体、みんなは嫌がっていましたけど、私はそんなに嫌ではありませんでした。

高校生のとき、夏休みの宿題で
「人間らしさとは何か?」
みたいなテーマの作文課題があったことを覚えています。

確か、原稿用紙10枚程度だったと思うのですが、以前の記事でも書かせて頂いたように、私の高校生活は3年生の前半まで、ほとんど何の価値もないような毎日でした。

無気力で、怠惰で、将来への希望もなく、あるものといえばギターへの情熱くらい。
当然、先生たちの私への見方は厳しいものだったのですね。

そんな私でしたが、その作文は意外と、思いを込めて書くことが出来たんですよね。
原稿用紙10枚というと、当時の自分にとってはそれなりの量でしたが(手書きだったし)、夏休みの終わり間近に一気に書いてしまったのを覚えています。

それを読んだ英語の先生が感想を教えて下さったのですが、
(ほお、意外とこの子はこんな文章書けるんだな)
みたいなニュアンスで話して下さったのを、いまでもはっきりと覚えています。

実に今から25年ほど前の話。
これが後のやれば出来る子、「YDK」の生まれるきっかけとなった出来事でした。(違)

日記のように、自分を省みること。自分との対話

世間的にはブログ=日記、というイメージが強いと思いますが、ブログをビジネスで利用する際は必ずしもそうではない、とよく聞きます。
個人のブログとは違い、ビジネスでは様々な使い方が可能であるということ。

もちろん私も、そのつもりで当ブログを書き始めたのですが、改めて思うことは、
「日記のように使うことで自分自身が得られるもの」
も少なくないのだ、ということを強く感じます。

私は自分の人生の中で、日記をまともにつけたことはありません。
小学校の頃、学校の宿題ではよく出ましたが、嫌々書いていましたし・・・

日記を書くことの意味、その大切さを改めて感じます。

人間は、日々色々なことを考えながら生きていますが、その瞬間、瞬間の思いというのは、浮かんでは消えていくものですよね。
人間の脳はとても複雑で、高度なシステムだと思いますが、その記憶は曖昧で、不確かで、頼りないもの。
だからこそこうして、自分で言葉を考えて、形に残すということで、まず自分自身が自分を知ることが出来るのだ、とも思うのです。

自分が何を考えて生きているのかが、改めてはっきりしてくるという感じでしょうか?
日々の思いをまとめ、自分を省みて、次の行動へと繋げる。
その中から新しいアイデアも生まれてくるし、落ち込んだときの道しるべにもなったりするんです。

自分自身と対話する、というイメージ。
SNSのように、第三者とのつながりよりも、自分自身とのつながりを重視したもの。
言葉にすることで、改めて自分の思いを再確認して、自分で納得したり、また違った問題に気がつけたりする。

ブログというものの意味、可能性を改めて感じます。
そしてそれが多くの方に自分自身を知って頂けるためのツールにもなるとしたら、素晴らしいものだなと思うのです。

作詞家としても思うこと

そして、私はそもそも、作詞家でもあります。
作詞は、言ってみればとても不思議な作業なのです。

作曲とは違って、音楽理論という枠組みがあるわけでもなく、どんな言葉を使ってもかまわない。
だけど、文字数の制約はある。
その限られた自由の中で、思いを込めながら、体裁を整えて仕上げなくてはなりません。
そしてもちろん、お仕事ですからお客さまにとっても納得して頂けるものであることが大前提なのです。

言葉をまとめていくという作業。
作詞とブログは、似ているようで違う、違うようで似ている。
そんな印象を改めて持っています。

文字数の制限なく自由に表現できる、ブログというツールを使い続けていくことで、それを作詞のお仕事へも良い影響を出していければいいと考えています。

自分が幼い頃から、長く好きであり続けた「何かを書く」という作業。
それが今、こうして意味のあることになってきているのは、歓迎するべきことです。

これからも表現力を磨き続けていきたいと思います。
そして、自分の書くという行為が、少しでも誰かの役に立てるようにできたら、とても幸せだなと思っています。

今回も最後までお読み下さり、ありがとうございました!

日常のできごとから~妻への思い

(カテゴリー「日常のできごとから」の2つ目、全体では24番目の記事です。記事一覧

皆さんこんにちは!
ソングメーカー代表、井村淳也と申します。
今日もお越しくださりありがとうございます。

編みねこ

最近、我が家で大ブームの編み物!

妻の特技が編み物なので、毛糸で編む
「編みぐるみ」
を最近よく作ってくれるんです。

特に、その中でも猫の形をした
「編みねこ」
が我が家に次々と誕生しています!現在、総勢6匹。
手編みなので、一つ一つ表情もたたずまいも違って、本当に愛らしいんですよ!
先日、超大型の編みねこ(約100センチ)が我が家にやってきたので、近々、勢ぞろいの写真をご紹介しますね♪

今回は、井村のプライベートな部分をお話させて頂きたいと思います。
それは、何をかくそう!

妻への思いです。

音楽家・井村淳也を陰で支え続けてくれる妻。
彼女がいるから、私はこうして毎日お仕事を頑張れるんですよね。

そんな妻のこと、妻への思いを改めて書かせて頂きます。

出会いとかそのあたりのお話

5歳年下の妻とは大学時代に知り合い、それからず~っと一緒にいます。
22歳の時から一緒にいますので、この記事を書いている時点で20年目になりますね。
そして2005年に結婚しましたので、結婚してからは12年目ということになります。

ですから、親よりも長く一緒に生活している人でもあります。
彼女と出会う前までの私は、はっきり言ってまったく異性からもてないタイプでした。。。
そんな私を選んだ、物好き(?)な妻ですが、今までいろいろなことで助けられてきました。

ひとつひとつ、妻への感謝の思いもこめて、あげていきます。

音楽家として生きさせてくれていること

まず、何よりもこれが最も大きなものです。
私は2008年に独立しました。それまで9年間勤めていた会社を退職したのです。
普通、ある程度勤めた会社を辞めるとなれば、相当な理由があってしかるべきものですよね?
まして私は結婚して家庭を持つ身でした。
そのうえ、何と、息子がまだ生まれて1歳に満たないときだったのです!

そんな状況で私は、妻に相談しました。

「実は、会社を辞めたいんだ。会社を辞めて、音楽で食べていけるように・・・頑張りたい」

その言葉を受けて、彼女が言ったこと・・・

驚くことに、動揺することも、反対することも、私を責めることもなく、
ただ、私を信じてついていく、と言ってくれました。

彼女の覚悟は計り知れないものがあったに違いありません。
今こうして思い出しても、それを思うと胸にこみ上げるものがあります。

なにしろ、先ほどの私の発言は、突っ込みどころ満載ですよね!

・せっかくここまで勤めてきたのに・・・
・まだ子供が生まれたばかりなのに・・・
・本当にお金を稼げるかどうかもわからないのに・・・

どれも、まさしくそのとおりです。何も言い返すことが出来ません。

ましてや初めての育児、戸惑うことばかりだったと思います。
将来への不安も多くある中、必死で毎日頑張ってくれていた。

それでも彼女は、ただ私を信じてくれました。
ただ何も言わず、私のことを信じてくれたのです。

そんな彼女がいてくれたから、今の自分があります。
いつもそばで見守ってくれていた。
その存在がなければ、私は今までやってこれなかったでしょう。

音楽家になることなどかなわなかったに違いありません。

不安なとき、自信をなくしたとき、いつも大切に思ってくれること

そして、昔から私は精神的に弱いところがあります。
以前の記事を読んで下さった方なら分かって頂けるかもしれませんが、私はよく落ち込んだり、不安になることが多い。
そんなときは精神的に不安定になったり、ひどく元気がなくなったりしてしまいます。

彼女は、そんなときでも私のことを尊重し、大切にしてくれます。
そのやさしさ、思いやりが何よりありがたく、時間はかかってもまた頑張ろうと前を向くきっかけを作ってくれる。

だからこそ弱い自分をさらけ出すことができるし、何でも打ち明けられるんです。

私が落ち込んだりするときは、自分でも理由が良く分からず、うまく伝えられないことも多くあります。
そんなときでも彼女はそんな私のことを察して、そばにいてくれる。
本当に助かるし、ありがたいことです。

子供のことを心から愛してくれていること

そして、母親として何よりも大切なこと。
子供のことを、いつも心から愛して、その愛情を注いでくれています。

私も息子への思いは誰にも負けないと思っていますが、妻はその私に勝るとも劣らない愛情を息子に注いでくれる。
そんな母子の姿を見て、また私も家族のためにがんばろうと思えるんです。

子育ては、本当に難しい。
私はもちろん、彼女だって、完璧な親になどなれません。
それでも、日々補い合って子育てしています。

そして、たとえうまくいかないことがあっても・・・
いつも、何があっても、どうなっても愛しているよ。
という思いを息子に伝えていくことが、子育てで最も大切なことで、親が子供のために贈ることができる、最高のプレゼントではないかと思うのです。

妻とあえて、良かった。

まだまだ、ここに書ききれないほどの感謝の思いがあります。
でもきっと、それだけで本が書けるくらいの量になってしまうと思いますので、この辺で・・・

最後に言いたいこと。
私の人生で最大の幸運は、彼女に出会えたこと。
そして、彼女がいなければ息子とも出会えませんでした。
それも彼女の存在が大切な理由のひとつです。

心から、感謝しています。
そして、これからもずっと、元気で、見守っていて欲しい。

ひとつオリジナル曲を紹介させて下さい。
With you
というピアノソロ曲です。

数年前、ヤフー知恵袋というサイトで質問したことがあります。
いつも頑張ってくれている妻に、ボーナスをあげたい
という内容でした。

思いのほか多くの人に回答いただき、とても幸せでした。
そんな回答者の皆さんに、感謝の思いを伝えたいと思って急いで作った曲です。
また、質問の元となった、妻への感謝の思いを改めてこめた曲でもありました。

今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました!

日常のできごとから~子育ては、親育て。息子への思い・0歳

(カテゴリー「日常のできごとから」の1つ目、全体では17番目の記事です。記事一覧

皆さん、こんにちは!ソングメーカー代表・井村淳也です。
今日もお越し下さり、ありがとうございます。

交通事故

先日のテレビで、交通事故現場の検証番組をやっていました。

現場に残されたわずかな証拠から、事故の真実を追究する・・・という内容です。

結果、真相究明にたどり着くというすごい内容ではあったのですが、私はその番組を見て改めて思ったことは
事故は本当に一瞬で起こる
ということです。

何の前触れも無く、残された家族や周りの人達の気持ちを思うと、やりきれない思いになります。

私は運転にあまり自信がないので、いつも高速道路では緊張しているのですが、100キロで走っているときはほんの数秒で相当な距離を進んでしまいますよね。
ほんと、気をつけないといけないなと思います。

皆さんも、どうか交通事故にはお気をつけ下さい。

さて。前回は、ソングメーカーのご紹介として
音楽家お父ちゃんの運営するソングメーカー。お客様での歌入れ
をお話させて頂きました。
今回は、プライベートな私の日常をつづる新カテゴリー
日常のできごとから
から、父親として息子への思いをお話させて頂きたいと思います。

これは、日々の子育ての奮闘記や悩み、反省、嬉しかったこと。
そんな
父親としての井村淳也」のありのままの姿をお伝えしていければと思っています。

女の子だと思っていたら・・・

息子は、2007年3月に生まれました。
体重2570グラム、結構小さめに生まれた男の子でした。

実は!

産婦人科には毎回、妻と二人で行き、先生のお話を聞いていたんですが、確か妊娠5ヶ月くらいまでは、
「ん~、女の子かなぁ~」
と言われていたんですね。

なので、私たちもすっかり
「そっか~、女の子なんだねえ・・・!うんうん」
なんて女子迎えモードでいたのです。
もともと、特にどちらが欲しいということはなく、すべて自然に任せるように考えていたのですが、先生に何度も女の子だねと言われたため、すっかり女の子を迎えるモードでいたんですよ!

ところが・・・
「ああ。。。こりゃ、男の子だな!」
と突然の手のひら返し・・・(意味違う)
「え・・・ええっっ!?」
と、二人してマスオさんになってしまいました。

でも特に何かベビー用品を買ってしまっていた、というわけでもなかったので、その点は大丈夫でした。
という、そんな顛末もあったりしまして。

あとは、妻の初産ということもあり、若干ですが切迫早産気味かな、と言われたり。
何しろ初めてのことなので、二人して不安になりましたねえ・・・

何事も、初めての経験というのは戸惑いますし、必要以上に不安になるものですよね。
ましてや妊娠・出産というのは、われわれ男性にはどうやっても経験できないものですし、サポートに徹するのみ・・・

実際、私などはいざ出産というその場面では、オロオロするばかりで何も出来ませんでした。

妊娠中は、特に先生から
「体重、体調管理をしっかりするように!」
と、何度も何度も言われた記憶があります。

男の私がそう感じているくらいですから、妻はなおさらでしょうね。

赤ちゃんの分、ただでさえ体重は増えていくのにそれ以上増やしてはならん!なんて、大変ですよね。
だからといってちゃんと増えなければ、それはそれで心配ですし。

そんな状況の中、私たち夫婦はよく「鍋」を食べました。
いつもおんなじ材料、味付けで。今思えば、よく飽きなかったなあと思うんですけどね!
キムチ鍋とかチーズ鍋とかだと、あんまり良くないのかもしれませんが、鍋は油も使わないしヘルシーですよね。
野菜もたくさん食べられますしね。
そんなわけで、妊娠中はよく鍋を食べていました。

妊娠前は、よく二人で居酒屋に行っていたのですが、それも完全にやめまして。
それなりにお酒の好きな妻でしたが、妊娠中は一滴も口にしませんでした。
えらい!!

遂にきた、その日

そんな妻の努力の甲斐(?)あってか、何と!
息子は最初に言われた予定日「ピッタリ」に産まれてきてくれました。

今でもはっきり覚えていますが、生まれる前日の午後。
私は当時、サラリーマンでしたから普通に勤務中。水曜日の午後でしたね。
妻から電話があり、
「・・・来たかも!」

あわてて上司に報告、すぐに帰宅しました。
この時点で夕方くらいだと思います。

で、帰ってきたはいいがその後がなかなか、なかなかなんですよねえ。
あれ?こんなもんかな?
なんて二人で言いながら、気がつけばもう夜10時過ぎ・・・

そして、ようやくそれらしい気配が!
実はそこに至るまで、ちょいちょいそんな気配があったのでその都度病院に電話するも
「まだまだ、もっと陣痛強くなってから来てちょうだいね。はいはい(ガチャ)」
みたいな感じで、至極事務的かつあっさりと返され、不安な気持ちではいたのですね。

まあ、さんは毎日毎日出産を取り扱っているわけですからね。そんな風に思うのも当たり前なのかもしれません。

でもこちらとしては何もかも初めてのことなので、やっぱり不安になるわけですよ!

そんな中、陣痛がかなり強くなってきたことを訴えると、ようやく受け入れOKとのこと。
急いで病院に向かいました。強烈な陣痛ってわけではなかったので、いつもと同じように私の車で。
確かこの段階で23時くらいかな?
で、早速診ていただいたところ
「あー、この感じじゃあ結構早く産まれそうだね!夜中のうちには産まれるんじゃないかな?」
とのこと。
おー、それは何より!と、今か今かと待ちわびるものの・・・
やっぱりその後がなかなか、なかなかなんですよねえ。(二回目)

こんなとき、男と言うのは、つくづく何の役にも立たない存在だなあということを思い知らされます。
ただ、妻を励ますのみで、あとはひたすら待つしかないんですよね。

そして、そんなこんなで確か早朝4時頃だったと思いますが、強い陣痛とともに
「お、産まれそう!」(先生も、ここまで来るとさすがにそれなりのテンション)

よし、いよいよだ!いよいよ新しい家族の誕生だ!

と、ドキドキしながら待つものの・・・
また?その後が、なかなか、なかなかなんですよねえ。(三回目)

と、面白く書いてるような余裕は、実際そのときの私には全くありませんでした。
とにかく痛がる、痛がる、今まで聞いたことのないような(当たり前)痛がる声を出す妻。
それを聞いてどうしようもなくうろたえる男。(私)

とにかく必死に、神に祈るのみ。人間、困ったときは自動的に神に祈るようにできているようです。

とにかく、母子ともに無事であって下さい。
今までのあんなことやこんなこと、全部私が悪かったんです。
心から反省しています。
ですから神様、どうかお願いします。

そして、いよいよ息子との出会い

そんなことを真剣に祈りつつ・・・そして、その時はついに!

朝、7時55分頃だったと思います。無事にわが子が産まれてきてくれました。
そして、妻も何事もなく、無事に出産を乗り切ってくれました。

実は少し逆子気味で、出産までに手間取ってしまったようです。
そんな心配もありつつも、二人とも無事に大仕事を終えてくれました。

神様、ありがとう!!!

そんな風に産まれてきてくれたわが息子でありました。

産まれてきた最初の1年は、もう何もかもが新しい体験の連続!
最初の沐浴、オムツ替え、抱っこ、食事、散歩・・・
もちろん手はかかりますが、まだまだ本当に「赤ちゃん」そのものなので、ちゃんとやるべきことをやれば大丈夫、という1年だったような気がします。
生活はすべてが一変して、大変なことが一気に増えました。
全部が子供中心の生活となり、それに戸惑いながらも何とか二人でクリアしていく感じでした。

案外、夜泣きとかもあまりなくて
「こんなもんなんだね~」
なんて言いながら過ごしていたのを覚えています。
ただ、これはこのときだけで、後からとても大変な時期に突入していくわけですけれども・・・それはまた、別の記事でお話させて頂きますね。

そして、ついに父親となった私。
正直に言えば、最初はほとんど実感がありませんでした。
「自分の息子、新しい家族」
という感覚に乏しいというか・・・
男性は、そう感じる方が多いとも聞きます。女性と違い、少しずつ親になっていく準備が出来ておらず、ある日突然
「はい、今日からパパになりましたからよろしく!」
と言われても、なかなかその現実に心が追いついていかないような、そんな状況だったと思います。

産まれてくれて嬉しい気持ちと本当に自分がこれから父親としてやっていけるのかなという不安な気持ち。
そんな感情が入り混じったような、そんな気持ちで過ごしていたのを覚えています。

でも、そんな風に思ってからもう、10年近く経つんですね。

今懐かしく感じるのは。
近所のガタガタ道を歩いた、ベビーカー。
もうずいぶん前に取り外してしまった、車のチャイルドシート。
食事のときに使っていたベビーチェア。
赤ちゃん用の布団。
家族で行った公園。
よく買い物に行った赤ちゃん用品のお店。
オムツ替え。

そんなすべてのものが、今となってはもうずいぶん昔の出来事のようにも感じます。
ひとつひとつは、大変なこともありましたが、それらはすべて親になったからこそ体験できたことなんですよね。
息子が産まれてきてくれたからこそ、そんな苦労も経験することができて、そうすることで少しずつ、少しずつ親になっていけるのかなと思います。
赤ちゃんは必死に育っていく。
親も、きっと同じで必死に親になろうとしていく。
その関係を続けていくことが、唯一の親子の絆を深めていく方法なんじゃないかと、思っています。

今回は、
音楽家お父ちゃんの日常~子育ては、親育て。息子への思い・0歳
をお話させて頂きました。

今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました!