ライフメーカー~人生はきっと、作り出せる。オーディション・挫折の先に

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(カテゴリー「ライフメーカー~人生はきっと、作り出せる。」の2番目、全体では78番目の記事です。記事一覧

皆さんこんにちは!
ソングメーカー代表、井村淳也と申します。

今日もブログをご覧くださり、ありがとうございます。

最近、一気に増えた気がしませんか?
ほうら、やつらの足音が聞こえる・・・なんてね!

冗談はさておき、春になると虫がどこからともかく出てきますよね。
虫が苦手な人にはきっと、憂鬱な季節になってくるのではないでしょうか。

我が家では、虫好きな息子がいるので毎年、春から虫取りに家族で出かけます。
私もそれほど、虫が得意なほうではなかったんですが、すぐそばに虫大好き人間がいるのでだいぶ慣れました。

毎年、夏になるとカブト、クワガタ取りに朝から公園に行きます。
今年の夏は取れるかな?

今から楽しみですね!

さて、先日からスタートした、このカテゴリー。
ライフメーカー~人生はきっと、作り出せる。
今日は、私とオーディションの関係についてお話させて頂きます。

私にとって、音楽への夢の第一歩は、デモテープオーディションに応募することでした。
「デモテープ」
というのは、要するに自分の音楽作品のことです。

今はほとんど見られなくなりましたが、以前、音楽をカセットテープという媒体に記録して聞くのが主流の時代がありまして、そこから来ている言葉です。

私にとってオーディションは、一言で言えば挫折の連続でした。
そこからどうやって、私が自分の進むべき道を見出していったのか。
どうやって、自分自身の人生を作り出していったのか。

お話させて頂きたいと思います。

初めてのオーディション

記憶が確かならば、一番最初のオーディションはヤマハさん主催の
ティーンズ・ミュージックフェスティバル
だったように思います。

これはその名の通り、10代の音楽活動をしている子達が出場できる大会です。
主にバンドですが、ソロで出る人もいましたね。

私は当時、19歳で、高校時代に組んでいたバンドを続けていました。
続けていた、というより、そのために再度集まったような感じだったのですよね。

楽曲は基本、オリジナルだったので、その時私が作ったオリジナル2曲で参加したのです。
どんな曲かというと、どちらもロックのメジャーでキャッチーなものと、マイナーなテンポの早い曲。
今の自分では、ちょっと作らないような曲調ですね。
いつか機会がありましたら、是非ご紹介したいと思います!

さて一番最初のテープ審査は合格しまして、その後地区予選(と言っても一番小さな規模の、市レベル)に参加しました。

そこで、結局敗退。と同時に、そのバンドも終わってしまったんですよね。

今思えば、ここで敗退はしたものの、一旦はテープ審査に受かっているわけで、これが私にとってほとんど唯一という
「審査に通った」
という経験だったのです。

その後の長い長いトンネルへ・・・

そして大学生活に戻りまして、私は本格的に音楽制作への道を歩み始めることとなります。

作曲活動の傍ら、音楽理論の勉強などをしていきました。
オリジナル曲も増えて、自分の音楽に自信をつけていきます。

そんな中、当時はまだまだバンドが盛んでしたし、音楽を志す人間にとっては
「CDデビュー、メジャーの夢!」
みたいな風潮が強かったので、デモテープオーディションも多く行われていました。

雑誌やホームページなどで、色々なレコード会社、音楽事務所などが募集をしていたのですね。

当時の私は、今のように事業を自分で立ち上げるというイメージは全くありませんでした。
[音楽で生きていくきっかけ=デモテープで合格する]
という図式が完全に自分の中にあったのです。

ですからそれこそ、数多く挑戦を繰り返しました。
その時期によって募集している数が違うのですが大体、1度の応募で10~15社くらい。
それを何度も何度も、節目ごとに繰り返したのです。

結果は・・・見事に全滅!
結果が出るまでには時間がかかるものもありますし、中には
「審査に通過した人にだけ連絡します」
というものもあります。応募者が殺到するわけですから、致し方ないのですけれどもね。
それでも、なかなか結果が出ないで待ち続ける、それで結局ダメ・・・というのは精神的にかなりきついものがあります。

それで毎回、かなり落ち込むのですが、それでも諦めきれない私は、新しい曲ができるたびにまたチャレンジを繰り返します。

それでも、結局、一度も合格することはなかったのです。

新曲ができて、今度こそは!と気持ちが盛り上がるものの、結局認められない。
またダメだったのか・・・
期待しては落ち込む。
そんな繰り返しの中で、色々なことを考えました。

自分には音楽の才能がないのか。
それとも、運がないだけなのか。

まずは選考員の目に留まらないとダメと聞けば、目立つ封筒で送ってみたり。
自己紹介の文章を、わざと独特な表現で書いてみたり。
あの手この手でチャンスを模索していたように思います。

20歳の頃から応募を始めた、デモテープオーディション。
その中で自分の葛藤を何度も体験してきました。

今回はダメだったけど、でも今年中にはきっと・・・
いや、せめて25歳までには結果を出せるはず!
もうここまで開き直って、何とか30歳までは頑張ってみよう。

まさに、そんな挫折の連続の日々だったのです。

それでも、ついに一度も、待ち望んだ日が来ることはありませんでした。

こうして記事を書いていても、当時の自分の悔しい思いが蘇ってくるような気がします。
それほど、自分にとって音楽で認められたいという思いは強いものでした。
そして、その唯一の手段だと考えていたのが、オーディションだったのです。

挫折を積み重ねた先に見えてきたもの

今思えば、そんな挫折の連続の日々が、今の自分を作り上げる礎となっているのだと思います。

どうして認められないのか?
どうして結果が出せないのか?

そこには、きっと様々な要因があるのだと思います。

今ならきっと、そのことを冷静に考えることができます。
当時の自分には、そこまでの余裕は無かったのですけどね。

ともあれ、そんな日々の中で模索し続け、ようやく見つけ出したのが、今のお仕事。
音楽家として独立し、自分で自分を必要としてくれる人たちを探す。
ということだったのです。

よく
「一発屋」
という言葉を耳にします。

ある日突然、ひとつのヒット曲をきっかけとして有名になるものの、その後が続かずにいつしか消えていく。
そんな一発屋という言葉があるのも、音楽業界の厳しさを物語っているひとつの側面だと思います。

オーディションは、ただのきっかけでしかありません。
たとえ合格できたとしても、問題はそこから先、音楽とどう向き合っていきたいのか?
デビューしてから自分の音楽をどう育てていきたいのか?
それは、どんなに才能のある人でも、常に問われ続けることだと思うのです。
そこがしっかりできていなければ、いつか音楽を続けられなくなってしまうだろうし、自分の生き方を見失ってしまうことにもなりかねません。

逆に言えばどんな生き方であれ、自分の思いがしっかり定まっていれば、きっと大丈夫なのではないでしょうか。

大切なのは、自分自身の中にある。
そんな基本的なこと、人生にとって大切なことを、オーディションから学ぶことができたんだな。

今ではそんな風に思うのです。

自分のスタイル。自分のやり方を探すこと。

そして私が必死に模索してたどり着いた、今の自分。

2008年に独立し、ソングメーカーを立ち上げました。
私のような、何の実績もない、名もなく独学で音楽を身につけてきたような一人の人間を、音楽家として、たくさんの人たちが認めて下さいました。
そして今まで頂いたご依頼数は、900曲を超えています。
自分の作り出す音楽に、価値を見出して下さる人たちがいる。
その事実は、大変に幸せなことであると同時に、さらに音楽家として成長していきたいと思うパワーとなるのです。

オーディションに何度落ちても、それでも最後は諦めなかった。
絶対に辞めない、自分で自分を諦めることだけはしない。
自分を信じて、自分にはきっと何かできることがあるはずだと信じる。
周りがどう評価したとしても、自分を疑うことだけはしない。
そんなひたむきさが、いつかは報われるということの表れだったのだとも思っています。

こうして文章に書くと、まるで
「強い意志の塊のような人間」
に思われるかもしれませんが・・・実際は、もちろんそんなことはありませんでした。
むしろ、葛藤、立ち止まっては落ち込んで、悩んで、泣いて、その中からまた少しずつ立ち上がって・・・そんな日々を繰り返してきたのです。

その先に、やっとの思いで見つけたのが、今の自分だったのでした。

自分なら、どうやるか。
自分にできることは何なのか。
今、できること。そしてこれから、できるようにすること。

うまくいかないときにこそ、その答えを必死に探す気持ちが、何より大切なことなのです。
今、過去を振り返って、自分の体験からそう感じることができます。

だからこそ、オーディションで結果を出せなかったことが、私の人生にとって貴重な経験となったのでした。

大切なのは結果じゃない。
ひたむきに努力したこと、自分でやりきったと思えること。
それこそが次につながる力となるのだと、思います。

いかがでしょうか?
ここまでの内容、私自身の経験から感じた、私自身の考えです。

自分にできること、自分の得意な方法を探して、自分自身と向き合うことの大切さをお伝えしたくて、今回の記事を書かせて頂きました。

また、当カテゴリと同名のセミナー
ライフメーカー~人生はきっと、作り出せる。
も開催してまいります。そちらの情報も当ブログにてお伝えいたしますので、興味を持って下さった方は下記よりお気軽にご連絡下さい。各種取材もお待ちしております。

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井村 淳也

投稿者: 井村 淳也

音楽家。独学で音楽を学び、ソングメーカーを2008年に立ち上げ、 これまでの依頼実績は900曲以上。よさこい音楽依頼400曲。ユニット楽曲提供40曲。 CDリリース16枚。 ユニットへの楽曲提供:静岡H&A.(作詞作曲編曲)、埼玉こけぴよ(作曲編曲) いじめ、不登校を音楽の力で乗り越えた経験から音楽家になりました。 作曲、編曲、作詞、録音、CD制作、動画撮影制作といった音楽制作に関するあらゆる作業を担当しております。 ソングメーカーのホームページ ツイッター フェイスブック 問い合わせ メールはこちらから

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