制作方針~詞が先か。音が先か。

(カテゴリー「ソングメーカーの紹介」の22番目、全体では66番目の記事です。記事一覧

皆さんこんにちは!
ソングメーカー代表・井村淳也と申します。

いつもブログを読んでくださってありがとうございます!

1/2成人式

1月2日ではなくて、二分の一です。
私は行けなかったのですが、今日は息子の小学校で10歳になったことを振り返る式が行われました。

妻とも話したのですが、この先同じ10年が経つと、もう成人式なんだね!
と思うと、本当に時間の経つ早さにびっくりしてしまいました。

小学校もあと2年で終わりだし、子育てができる期間というのはそれほど長くないんだなと改めて思います。

そんな息子も、元気に育ってくれていること、本当にありがたいことです。

息子が大人になってから、
ああ、もっと一緒に時間を過ごせば良かったな。
もっと遊べば良かったな。
そんな風に後悔することのないよう、今の一日一日を大事にしたいなと思いました。

さて、今日のテーマは作詞と作曲の関係について。
私は作曲家ですが、作詞家でもあります。
ですから、
「自分の作詞作曲した楽曲」
という形になって完成することも、もちろん多いのですが、ご依頼の中には
「既に出来上がっている歌詞に曲をつける」
場合や、また
「作曲をまず行い、OKを頂いたうえで歌詞をつけていく」
という、それぞれのパターンがあります。

今回は、その作詞と作曲の関係についてお話させて頂きたいと思います。

楽曲の魅力、その内訳

私は常々、楽曲の魅力の内訳をこう考えています。

作曲:5割
作詞:3割
それらが一体化することで:残り2割
さらに、その曲を実際に歌うことで:無限大に広がる

という感じでしょうか。

ですから、歌詞あっての歌なのです。
当たり前のようですが、実際にゼロから楽曲を作っていく経験を多くしていると、そのことを改めて感じます。

作曲ができただけでは、言って見れば
「音の連続した表現」
にしか過ぎません。

そこに世界を作り出していくことは、紛れも無く作詞の力。
歌詞があって、そこに込められた世界観があるからこそ、楽曲の魅力は飛躍的に上がるのです。

歌詞にこめられた思いを感じ取り、さらに楽曲を好きになる。
そんな経験のある方も、多いのではないでしょうか。

本当の意味でその曲を大好きになれるのは、歌詞も好きになってから。
そんな風にも思います。

表現が適切かは分かりませんが、言いたいことは分かって頂けるのではないでしょうか?

自分の基本パターンは

先ほどあげた2つのパターン。
実は後者のパターンは、私が自分で作詞・作曲を行う楽曲の場合と同じです。
まず作曲して、メロディラインを決め、そこに歌詞をつけていく。

その形が圧倒的に多いです。

アイドルユニットへの楽曲提供などもそのパターンがメインです。

まずメロディがあって、そこに歌詞をつけていきます。
このことを「曲先(きょくさき)」という言い方をしたりしますね。
一方、歌詞が先にあってそこに作曲していくことを「詞先(しさき)」と表現したりします。

それぞれ違った側面を持つ

曲先と、詞先。
それぞれその特性も違うし、アプローチの仕方も違ってきます。

曲先の場合は、そのメロディラインや和音進行、アレンジ、楽曲の構成や全体を支配する雰囲気などから、世界観をイメージしていきます。
自分で作った楽曲の場合、途中である程度、その物語的な側面を感じ取って作っていくことも多くあります。

オリジナル曲、というものは、生まれた瞬間から世界に二つとない、かけがえのない存在だと思っています。
だからこそ、その世界観をより明確にして、歌詞をつけていく作業は大変重要だと考えています。

一方、詞先の場合は、まず最初から歌詞の世界観がドン!とあるわけです。
そこに音楽をつけていくわけですから、ある意味ではやりやすいとも言えます。
ただ、やりやすいと言ってもそれは
「世界観に対する作曲のアプローチ」
という意味において、に過ぎません。

実際の作曲では、元々ある歌詞の文字数にあわせるという根本的な作業がありますし、そもそも、その世界観を音楽で表現できるかという問題もあります。
また、他の方が書いた歌詞の場合は、その歌詞に込められた思い、イメージという、大きな命題のようなものが存在します。
そこを形にできるか?という課題も、当然あるわけです。

ですから、どちらも違った側面があり、アプローチの仕方も異なります。
私の場合は、曲先のパターンが多いというだけで、詞先の場合もこれまでお仕事を通じても多く経験してきました。

ですから、それぞれに異なるやり方、こだわり、センスが問われるものだと考えています。

共通していること

それでも、どちらにも共通して言えること。それはやはり
「曲と詞が両方そろってこその音楽、歌である」
ということです。

それぞれがそれぞれを高めあい、引き立てあう。
そしてその世界観を強くしていく。
そうすることで、
「世界にひとつのオリジナルソング」
の価値が、より大きくなっていくのではないかと思うのです。

楽器、音色の選択や、アレンジ、構成などは、そのさらに先にあるもの。
もちろん、そのすべてがオリジナル曲を構成する要素であり、重要ですが、まず何よりも大切な、作曲と作詞。
それらがしっかりと作られているからこそ、良い楽曲として完成させることが出来る。

そう考えています。

どちらも大切で、どちらも難しい。
だからこそ、これからもよりよい音楽を作っていけるように、様々なパターンを経験していきたいと思っています。

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お父ちゃんが音楽家になるまで~自分を信じて、一歩を踏み出す。

(カテゴリー「音楽家になるまで」の11番目、全体では65番目の記事です。記事一覧

皆さんこんにちは!ソングメーカー代表、井村淳也です。

今日もブログを読んで下さり、ありがとうございます!

パリパリチキンカレー ライス少なめ

今日のお昼は、久しぶりのココイチでした。

色々なメニューがあって、迷いますよね!
でも私の定番は、ずっと前から同じ。

パリパリチキンカレー
です!

から揚げの皮がパリッパリで本当においしい♪

そして、最初食べたときにご飯が多くて、お腹が苦しくなってしまったので、ライス少な目もいつものパターン。
辛さも普通で。

ココイチのカレーは、ずっと熱いままで本当においしいですよね!
やっぱりカレーと、ラーメンは、熱々で頂きたいものですね。

さて、前回の音楽家になるまでの記事では、違和感を抱えながら辛い社会人生活を送る私の、心の中に生まれたひとつの答え。
自分にとってできること、自分の強みは何か。

それが何かに気がついた、というところまでをお話させて頂きました。

それはつまり、こういうことでした。
私の強み。それは、独学で何かを身につけること。
そして私に出来ること。それは、音楽を作ること。

“強み”と、“できること”を見つけることができた私は、少しずつですが、前を向いて歩き始めたのです。

わずかな可能性にかけ

そんな中で私は、ひとつの行動を起こします。
それは、ホームページを作ることでした。

以前の経験から、世界の広さ、自分のことを必要としてくれる人がどこかにいるかもしれない、という可能性を身をもって知っていた私。
それはまったくの手探り状態ではありましたし、言ってみれば何の保証も無く、宝探しのようなあての無い希望でしかなかったかもしれません。
それでも、私はそんな可能性にかけてみたい思いで一杯でした。

ホームページを作り、自分自身を発信していこう!
自分の作る音楽を必要としてくれる人を探そう!
そう考えついたのです。

その時はまだ、ソングメーカーという名前ではなく
「パルジック音楽工房」
というホームページでした。

閉鎖して9年ほど経ちますので、現在は何も残っていませんが、ソングメーカーへのリンクだけはネットに存在します。
まだ独自ドメインも取得しておらず、こうして見ると長いURLですね!

今のわたしは、音楽家として専門的にお仕事していますが、当時はサラリーマンの傍ら、このような活動を始めたのでした。
その頃はまだ、
「いつか自分が独立して音楽を仕事にできる」
そんな日がくることなど、ほとんど想定していなかったに違いありません。
それでも、どんな形であれ、自分の信念を実現できるようにしたかったのだと思います。

ホームページを作ることもゼロから調べ、必死で取り組んだものでしたし、どうやって自分を発信していくか、自分を必要としてくれる人を見つけていくのか、分からないことばかりでした。
それでも私は、日々、生き生きと音楽活動をしていました。

なんと少しずつ、ほんの僅かながらですが、お客様も見つかるようになったのです!

まだまだ営業活動も本格的にはできませんし、そもそもサラリーマンの傍らですから、どうしても様々な制限があります。
そんな中でも、自分の音楽を必要としてくださる人がいる!
その事実は、私の確かな自信につながっていきました。

少しずつお仕事が増えていく。
少しずつ自分の音楽を認めてもらえるようになっていく。

それは私にとっては、何物にもかえがたい喜びでした。

音楽制作が一つの結果として、現実のものとなっていく。
それは今までの経験ではなかったことです。

何か、新しい可能性を確かに感じていました。
それがすぐに「仕事にできる」というほどのものでは到底ありませんでしたが、それでも自分にとっては大きな一歩、いや、十歩も百歩も進んだような思いを感じていました。

サラリーマンとして

そんな私でしたが、会社では相変わらず、自分を出すことが出来ずにいました。
そんな状況に悩むのは、何年経っても同じだったのです。

そして勤続年数を重ねることでそんな私にも役職を与えて頂けるようになります。
仕事も当然、より責任の重いものへとシフトしていきました。

今思えば。
もっと自分から心を開いて、上司なり、先輩なりに、率直な自分の状況、悩みを相談すれば良かったのかも知れません。
今の私ならそれが分かります。
そうすれば何らかの解決の糸口が、もしかしたら見つかったかもしれない。
少なくとも、自分の中では何かが変わるきっかけを得られたでしょう。

ですが、どうしてもその時の私にはそれができませんでした。
そんな風にしか生きられなかったのです。

これはただの結果論でしかありません。
そして、その頃の私にはやっぱり、そんな行動は取れなかったのですよね。

それが結局のところ、私自身の生き方だったのだとも思うのです。
その自分の決めた生き方があり、その先に今がある。

苦しい心を抱えながら、必死に生き方を探そうとしていた当時の自分のことを、今なら自分でほめてあげられるような、そんな風に思っています。

妻との衝突

そしてその頃、頻繁に夫婦間で衝突がありました。

日々、必死な思いを抱えながら生きていた私。
“音楽が好き”ということはもちろん理解してくれていましたが、私がたとえば音楽制作に時間をとられすぎたり、日々のストレスをぶつけてしまったり・・・
そんなことは一度や二度では無かったのです。

改めて、私の至らなさが原因だったなと思います。

もともと私は、人との距離感をつかむことがうまくできず、ずっと悩み続けていました。
妻とはいえ、そんな私の良くない部分をぶつけてしまい、傷つけてしまうことも度々ありました。

そんな私のことを、何度も衝突しながらも最後は見守って支え続けれくれた妻には、感謝の思いしかありません。
ただ私を信じて、ついてきてくれたこと。

妻がいるから今があります。
当時の妻は自身でも仕事を抱える中、日々、私のことを支え続けてくれたのでした。

そんな妻がいてくれたから、やってこれたのです。
感謝の思いは、どれだけ伝えても伝え切れません。

新しい家族が増えて

そんな中、私たち夫婦に神様からの贈り物が届きました。
新しい家族が増え、守るべきものが増えたのです。

(よし、改めて、頑張って働いていこう!)
まず真っ先に、そう思いました。

その時の私は、仕事に対するという前向きな気持ちと、その反動でより強くなったプレッシャーの狭間で揺れ動いていました。

家族のためにがんばりたい。
その気持ちは、もちろん本心から出たものでした。
でも・・・
こんな自分でやっていけるだろうか。
これから先、仕事をずっと続けていけるだろうか。

不安な思いが、どんどん大きくなっていくのでした。
そんな自分が嫌だったし、何とかしなくてはいけない、そう思うものの、心はどうにもなりませんでした。

日常はまた、同じように訪れました。
相変わらず、会社での辛い時間を過ごす毎日が始まったのです。

ターニングポイント

そんな状況下で私は、一つの噂話を耳にしました。

当時の私は仕事で、海外子会社の担当もしていました。
何度か海外出張も経験させて頂いていたのですが、
「近々海外に転籍になるかもしれない」
という噂を、耳に挟んだのです。

もしかして、実際には実現しなかったかもしれません。
それでも私は、大きな悩みの中にいました。

相変わらず辛く悩んだり落ち込むことばかりの会社生活。
そして、海外に行けば数年間は帰ってこられなくなる。
そうなれば、家族とは長く会えなくなってしまいます。

妻や息子との時間は、何よりも大切にしたい。
私は常々、そう思っていました。
そんな自分にとっては、その頃から本気で一つの選択を真剣に考え始めることになります。

それは、
「会社をやめ、音楽家として独立して生きていく」
ということでした。

途方も無い夢のようなものに過ぎないことは、十分承知しているつもりでした。
それでも私は、どうしても自分が変わりたいと思ったのです。

自分らしく生きるために。
前を向いて生きるために。

でもそれは、
自分のエゴではないのか?
家族を巻き込んでいいのか?

必死で考え、悩み続けました。

音楽を仕事として生きる。
何の保証も、あてもない世界に飛び込むことになる。
何をどうすればいいのか?
まずそこから考える必要がありました。
そんな、あまりにも不確かな道を選ぼうとしていたのです。

人生でもっとも悩んだ時期ではなかったか、と思います。

ですがその悩みは、決して苦しいものではなく、前向きな思いのほうが強かった。
新しい自分に変わっていきたい、もっと自分の力を発揮して生きていきたい。
そんな、明るい未来への希望を強く感じさせるような、不思議な力が自分の中で生まれてくるのが分かりました。

誰でもきっと、変われるんだということ

今思えば、本当に不思議でした。

「きっと、うまくいかない」
とは思わなかったのですから。

私が思っていたことは、ただ、自分にできることを、自分の得意なやり方でやっていこう、ということ。
そうすれば、きっと、道は開けるはずだ。

ただ自分を信じていました。
信じることができました。

きっと、その時の私は既に、新しい自分に変わり始めていたのだと思うのです。

人は誰でも、変わることができるのではないかと思います。
その方法、行動は人それぞれでも、自分らしい生き方を手に入れること、胸を張って生きていけるようになること。
誰にも等しく訪れる、変われる機会があるのではないかと思うのです。

私は全く普通の人間に過ぎません。
特別な能力もなければ、才能に恵まれたわけでもない。
それでも、ただ自分を信じることができたこと、そして人生を変えられたこと。

そのことが何よりも、物語っているのではないかと思います。
きっと誰でも、人生を良い方向に変えていくことができる、ということを。

決心、退社へ

そして2008年の年明け。
ついに私は、9年近く勤めた会社を辞めることを決意しました。

もちろん、真っ先に相談したのは妻でした。
仕事をやめたいということ。
音楽で食べていきたいということ。
あろうことか息子がまだ、1歳にも満たない時期に、です。
普通に考えれば、とても受け入れられないような話ですよね!

それでも妻は、ただ、私を信じてついていくと言ってくれたのです。

正直に言えば、その時点では自分の中でまだ迷いがあったのだと思います。
それでも妻がそう言ってくれたことで、私の中で最後の決心がつきました。

そこから先は、もう、あっという間でした。

年明けの仕事が始まり、すぐに上司に退社の意思を告げました。
慰留して下さったのですが、真剣に思いを伝え、最終的には理解して頂いたと思っています。

そこから3月末の棚卸しに向けて、退社準備を進めていきました。
並行して、新しく立ち上げる事業の準備も行っていきました。

そして2008年3月31日、サラリーマンとしての最後の一日を終えた私は、心機一転、新しい事業を立ち上げていくこととなります。

心の中は、正直に言えば不安も当然ありました。
言うまでも無く、ちゃんと仕事としてやっていけるだろうかということ。
家族を養っていけるだろうかということへの不安です。
それでも、私を信じてついてきてくれた妻のためにも、そしてまだ幼い息子のためにも。
不安もありましたがそれ以上に、絶対に成功させるんだという強い思いを持っての、独立生活のスタートだったのです。

そして、こんな中途半端な状態でお世話になった会社を辞めたことに対する、恩返しのような思いもありました。
やめたからには絶対に成功して、幸せになった姿を見て欲しい。
そんな風にも考えていました。
こんな自分でも、社会人として育てて下さった、たくさんの人たちに対する恩返しをするんだ。
素直に、そう思えたのです。

そうして、新しい人生への扉を開いた私。
9年前、新社会人となったときとは大きく違いました。
不安もありましたが、それ以上に、希望に満ち溢れた船出だったのです。

サラリーマンとして最後に見た夜空

2008年3月31日。
最後の棚卸しを終え、夜遅く帰路に着いた私は、その夜空がたいへんに美しかったことを今でもはっきりと覚えています。

さまざまな思いが去来し、胸を打ちました。
ですが、私の心の中を一番満たしていたもの。

それは、未来への希望だったのです。
明るい明日を夢見て、一歩を踏み出そう。

そんな前向きな心で、9年間お世話になった会社を後にしたのでした。

今回も大変長い記事となりました。最後までお読みくださり、ありがとうございました!

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お父ちゃんが音楽家になるまで(番外編)~以前の会社でお世話になったこと
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お父ちゃんが音楽家になるまで~社会人としての生き辛さ

日常のできごとから~家族と一緒に過ごすこと、成長できること。

(カテゴリー「日常のできごとから」の6つ目、全体では63番目の記事です。記事一覧

皆さんこんにちは!ソングメーカー代表の、井村淳也です。

今日もブログをお読みくださり、ありがとうございます!

ポテチ

最近は食べる機会が少なくなりましたが、たまに、無性に食べたくなるんですよね!
今日のおやつは、久しぶりにそんなポテチでした。

皆さんは、どの味が好きですか?

私は、
うすしお コンソメ のりしお
の順に好きですね。

どの味もおいしいんですけど、あえて順番をつけるとすればこんな感じです。

そんなポテチ、コーヒーと一緒に食べると相性抜群ですよ!
ポケモンで言うなら、ノーマルと格闘って感じでしょうか。

お菓子は大体、なんでも好きな私ですが、ポテチは永遠の大好物ですね♪

さて、今回のテーマは家族。
私にとって、一番大切なもの。
それは、家族です。

このブログのタイトルでもある、家族のためにがんばること。
家族がいるから毎日がんばれます。
今の自分は、ずっと夢だった音楽制作を仕事としています。

それでも、もちろん楽なことばかりではありません。

そんなとき、何よりも家族の存在が私を強くします。

今回は、私の家族への思いを、この場を借りて書かせて頂きたいと思います。

あたたかい家庭を

私がずっと思い続けたこと。

それは、
「あたたかい家庭を作りたい」
ということです。

誰かと比べることもなく、世間の価値観にとらわれることもなく。
ただ、ただ一緒にいてあたたかく、安らげる家庭。
家族の誰もが笑顔で、明るい気持ちでいられる家庭。

そんな家庭を作ることができたらと、ずっと思っていました。

自分にとっても、家族にとっても、幸せな家庭。
それが私の憧れだったし、毎日、その実現のために自分のできることは何でもしたいと思うんです。

家庭は、私の生きがいなんです。

いい日ばかりじゃない

もちろん、人生は山あり谷ありですよね。
それは家庭内であっても同じです。

いい日ばかりじゃない。
夫婦喧嘩もすれば、息子が反抗することもあります。
息子に必要以上に厳しくしてしまい自己嫌悪に陥ることも、しょっちゅう。
夫婦で意見が合わないときもあるし、傷つけあってしまう日もある。
実際、昨日も自分のちょっとした言葉が原因で、妻を悲しませてしまい、大変落ち込みましたし・・・そもそも私は、自分の思いを言葉に出して伝えることが、うまくできないと感じる時もあります。
こうして文章に残すのと、言葉に出して言うのとでは、自分の表現力に違いがあるように思うのです。
家族を傷つけてしまう一言を、つい口に出してしまったり。
どうして、あんなことを言ってしまったのか・・・と後悔することも、何度もありました。

それでも、そんな色々な出来事を一緒に経験しながら、乗り越えていくことで、さらに家族の絆が深まるんだと思うんです。
楽しい日も、落ち込む日も、どんな日も、家族にとって大切な1ページ。

笑いも、涙も、何もかも一緒に包み込んで行けるような、そんな関係だからこそ、ひとりひとりの存在を認め合える。
心から大切にしたいと思える。

人間って、そういうものなんじゃないかなと思うのです。
だから、私も自分自身のことを省みて、家族のためにも成長していきたいと、素直に思えるんです。

本音で向き合うこと。相手のことを本気で思っているから。

家族とはいえ、別の人間です。
血のつながっている実の親子同士でさえ、それは言えます。
もちろん、子供は親の望みどおりに動くわけではないし、本来その権利も義務もないはずです。
子供だって、大人だって、誰だって一人の人間として、尊重され、大切にされるべき存在です。
だからこそ、本音を言い合えることが大切なんだと思うのです。
それは、相手のことを本気で、真剣に考えているから。
家族への、そんな真摯な思いは、きっと家族の絆を強くしていくはずです。

真剣に考えているからこそ、本音で向き合える。
本音で向き合うからこそ、より家族への思いが深くなる。

私はいつも、そう思って家族と向き合うようにしています。

親として、夫として、まだまだ未熟な人間なのですが、家族を思う気持ちだけは、何よりも大切にしたい。
そう思っています。

ひとりぼっちの時間が長かったからこそ

家族と一緒にいられること、そのありがたさは、私のように人との関係で苦しみ続けてきた人間にとって、なおさら大きなものに感じます。
ありのままの自分、無理せずにいられる自分を出せる、ということ。

そういう場所がある、自分の居場所がある。
それが私にとって、本当に幸せなことなのです。

高校生のとき、不登校になって、行く宛てもなくただ、街をさまよっていた頃。
本当に孤独で、世界からたった一人、取り残されているような気がしていました。

心の中は寂しさと、不安で一杯だったのに、その思いを誰にも打ち明けられず、ただ一人で抱え込んでいたこと。

そんな頃をふと、思い出すと、今の自分がどれだけ幸せか、改めて感じるのです。

あの頃の自分は、もうどこにもいません。

だから、ずっと守りたい

そんな、私にとって大切な家族。
いつまでも、ずっと守りたいと思います。

家族のことを思えば、胸があたたかくなるのを感じます。
優しい気持ちになれるし、またがんばろうと思えるんです。
家族がいなければ、今の私はありません。
家族の幸せが、私の幸せです。

家族を愛しています。
いつまでもこの思いは変わりません。

そして、私にとって本当に大切なこと。
家族のために、こうして音楽家として生きていられること。
そんな自分を誇りに思うし、これからもずっと、家族のためにがんばって生きていきたいのです。

それが、私の心からの願いです。

今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました。

お父ちゃんが音楽家になるまで~社会人としての生き辛さ

(カテゴリー「音楽家になるまで」の10つ目、全体では62番目の記事です。記事一覧

皆さんこんにちは!ソングメーカー代表、井村淳也です。

今日も当ブログへお越しくださり、ありがとうございます!

電気自動車

先日、我が家の愛車を12ヶ月点検に出したのですが、そのときにお借りした代車がなんと!
電気自動車でした。

正直、驚きの連続体験でした。
エンジン、ならぬ電源を入れても、ほとんど音がしないんです。

ディーラーの方から
「アクセル一発目から最大トルクが出ますので、気をつけて発進して下さい」
と言われていたので、気をつけて・・・

その加速感は想像以上でした。
言葉にすれば
「ヒュイーーーン」
という感じです。

まるで未来に行ってきたかのような不思議な体験をさせて頂きました。
1985年にタイムスリップするようなことは、ありませんでしたけどね!

さて今回は、お父ちゃんが音楽家になるまでの続き。
このカテゴリーも早いもので、10個目の記事となります。

私が留年しながらも何とか2度目の就職活動にて内定を頂き、晴れて社会人としてのスタートを切ってからの内容です。

その船出は、決して順調とはいえないものとなったのでした。

新社会人として

以前の記事でも書かせて頂きましたが、私は幸運にも、何とか留年時代に新たな内定を頂くことができました。
留年時代、必死で掴み取った唯一の内定でした。
おそらくは、たまたま採用枠に一つ空きができたため、タイミングよく滑り込むことができたからだったと感じています。

私には事実上、選択肢は無く、その会社にお世話になることに決め、そして大学も今度は無事に卒業。

そして、晴れて社会人となったのです。

しかし、私にとってその社会人生活は、後に大きな試練となったのでした。
ある意味、人生で最も大きな試練でした。

その違和感は、入社後すぐに

雇って頂いたのは、規模の大きな製造業の会社でした。
ですから当然、多くの人たちと接する機会があります。

そんな中、私は、また一つの問題に直面するのでした。

どうしても、自分の心を開くことができないのです。
ありのままの自分でいることができない。

本来、会社は仕事をする場です。
仕事をして、お金を頂くために行く場所。
だから、友達と一緒にいるのとは当然違います。
割り切った人間関係を構築できる人もいることでしょう。
ですが私の場合は、そういうレベルの話ではなく、ただその場にいるだけでも辛さを感じていたのです。

常に周りの目を気にしながら、何かに怯えながらの毎日でした。
私は自分の中で壁を作り、会社の組織の中にいるにも関わらず、自分の世界から外へ出て行くことがどうしても出来なかったのです。
割り切ることも、近づくこともできない。
同期、同僚、先輩、上司、後輩。
そのいずれに対しても同じでした。

社会人ですから、当然、その責任は学生時代とは全く違ってきます。
一人の大人として扱われるということは、当然、それだけの責任感を求められることになります。

そんな中、私が常に感じていたこと。
いつも自分を試されているような感覚。
怒られるんじゃないか、怒鳴られるんじゃないか。
そんな強迫観念のようなものをいつも感じながら、必死で、会社での自分を演じていたと思います。

とにかく必死でした。
仕事そのものよりも、ただ、会社で過ごすということに大きな労力を使っていたと思います。

そうなってしまった理由は、やはり、中学時代から何度も何度も繰り返された、人間関係での辛い経験からなのだと思うのです。

自分に自信を持てない。
周りに心を開くことができない。
人からどう思われるか、そのことばかりを気にして過ごしていました。

そんな状況で、仕事に身が入るはずもありません。
仕事で結果を出せず、さらに自信をなくしていくという悪循環に陥っていました。

そんな違和感、い辛さは、実は入社して程なく感じたものでした。

率直に言えば、会社を辞めたいと考えたことは一度や二度ではありません。

それでも、私はこう考えていました。

ただでさえ留年して、やっとの思いで入社できた。
あれだけ、辛い2度目の就職活動の末、手に入れた社会人生活。

絶対に、辞めるわけにはいかない。

どんなに辛くてもこの環境で頑張るしかない。
逃げるわけには、いかないんだ。
そう思っていました。

それは困難に立ち向かう強さ、というよりもむしろ、もはやどうにもならない自分を追い込む決死の覚悟のようなものであったと、今でも感じています。
その先にあったものは、私の場合は、解決ではなく、より自分自身を追い詰めるだけの結果でした。

会社にはますます行き辛くなり、出社恐怖症に

日に日に、会社に行くのがとても辛くなりました。
朝になると、体調が悪くなることもしばしばありました。
思いつめた私は、一度、病院に行って相談したことがあります。

その時の診断としては、
出社恐怖症
というものでした。

私にとって、その診断はどこかで予想していたものだったのでしょう。
おそらくは心理的なもので、体のどこかが悪かったものではなかったのです。
特に驚きもありませんでした。

むしろ、そんな状況でも変わらずこれからも出社しなくてはいけないという現実を、改めて感じたのを覚えています。

病院に行ったところで、誰かが助けてくれるわけでもない。
もし今の会社を辞めたところで、またどこか別の会社に入らなくてはならない。
今よりももっと悪くなる可能性もある。
もう逃げ場は無い。
そんな風に感じました。

本来、自分の性格的なものが原因なのだと思います。
それでも、自分に自信を持てない場所にこうしていることで、自分を追い詰めていたのは間違いありませんでした。

日に日に行きづらくなる会社。
精神的に極限まで追い詰められていたのではないかと思います。

そんな自分でもまだ、何とか自分で自分の行動を選択することができていました。
何とか自分の意思を失うことだけは無かった。
それは、以下のような体験、思いがあったからなのです。

それまでの自分にとって、唯一自信を持てた体験

そんな私ですが、過去、自分に自信を持つことができた経験もあったのです。

それは、以前の記事でも書かせて頂きましたが、大学入試でした。

人生で最も勉強していた時期。
暗い高校生活の逆転を実現できたのは、紛れも無く、大学入試だったのです。
不登校となり、退学寸前まで行った私にとって、高校生活の最後を飾れた大学入試での成功は、それまでの私の人生で間違いなく誇れるものでした。

その思いは、大学を卒業して社会人となってからも、消えることは無かったのです。

自分でも、やればできるのに。
社会人生活では大きな壁にぶち当たっていた私でしたが、そんな自負は残っていました。
学歴云々の話ではなく、自分がその時できる最大の努力をしたことで、結果を出せたこと。
その事実が、自分の中で大きなものだったのです。

ただ問題は、そのわずかな自信も、今目の前にある現実の中で消えかけていたと言うこと。

大学入試は、決してゴールではない。
社会に出るための通過点の一つに過ぎない。

分かりきっていたことですが、それを改めて突きつけられたように思います。

こうして、辛い社会人生活を、これからずっと、何十年も耐え続けていくしかないのか。。。
そんな絶望にも似た思いを、いつも感じていたのです。

あれだけ努力して掴み取った自分の未来は、こんなにも辛いだけの毎日だったのか。
そう考えると、心は重く苦しいものになっていきました。

そして、音楽活動は・・・

この頃、音楽活動はというと。

留年が決まり、とにかく就職しなくてはという現実に直面した際、一旦は音楽活動をする余裕が無くなってしまいました。
日々の生活も困窮し、とてもそれどころではないという状況だったのです。

ですが、気がつけばまた、音楽を作ることをしていたのでした。
そしてそれは、社会人になってもずっと、変わらず続けていたことです。
振り返れば、16歳の頃から何となく始めた作曲。
大学に入り、自ら求めてむさぼる様に音楽の知識をつけ、制作を積み重ねてきました。
その頃はもう、手探りながらも10年以上の音楽制作キャリアとなっていたのです。

それは、会社でのい辛さ、逃げ出したいとばかり考え、自信を持てない日々の中で、自尊心を何とか繋ぎとめていたものでもあったのだと思うのです。

そんな心が折れてしまいそうな日々の中、
「やっぱり自分にはこれしかないんだ」
という思いを強くしていきました。

音楽を作れる、ということ。言ってみれば、ただそれだけかもしれません。

現実を見れば、資格に合格したり、会社で地位を築いたり、そんな周りの成功が目に付きました。
自分はといえば、会社にただ行くことさえ満足にできず、自己嫌悪を重ねるだけの日々。
音楽を作れるということが、社会人として一体なんの価値があるのか、そう思われることもあったかもしれません。

その不器用な必死さは、滑稽に写ったかも知れません。
それでも、私にとっては特別な、大切なことでした。
心の奥、深いところにあるもの。
世間的な評価を得られるものではないかもしれない。
それでも自分にとっては、絶対に譲れないものだったのです。

たどり着いた一つの答え

音楽の知識、技術は、大学時代から私が独学で身につけてきたものでした。

独学で何かを身につける、ということ。

ある時、ふと気がついたのです。
自分にとってそれが、実は最善のやり方なのかもしれない、ということ。

思えば、大学入試のときも。
周りの人と比べれば、遅すぎるスタートを切ったにもかかわらず、結果を出すことができた。
参考書だけを頼りに自分のペースで勉強したことで、第一志望に合格することができた。

独学は、場合によっては効率の悪い方法かもしれない。
だけど、自分が一番力を出せる方法が、独学なんだ。
それならば、結局はその方法で頑張ることが、一番の近道になるはずだ。

そう思ったのでした。

大切なことは、自分自身に合ったやり方を探すこと。
自分の強みは何か、自分にできることは何か。

私の場合は、それが独学であり、音楽制作だったのです。

その答えにたどり着いたとき、心の中に何か強いものが生まれたことに気がつきました。

今はまだ、不確かなものでしかないけれど。
いつか、いつか自分でこの思いを形のあるものに、実現していくんだ。

そう思ったのです。

現実の日々では、打ちひしがれる毎日を送っていた私でしたが、それでも、心の中に生まれた信念のようなものが、私を動かす力となったのです。

こうして、ようやく自分自身の中で一筋の光を見つけることができた私。
そしてこの2つの答え、独学と音楽制作は、後々の自分にとってきわめて重要な意味を持つこととなっていきます。

ここから先は、次回に続きとさせて頂きます。今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました!

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お父ちゃんが音楽家になるまで~自分を信じて、一歩を踏み出す。
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お父ちゃんが音楽家になるまで~留年、2度目の就職活動と、荒む生活

音楽家お父ちゃんの運営するソングメーカー。人生初の記者会見

(カテゴリー「ソングメーカーの紹介」の21番目、全体では61番目の記事です。記事一覧

皆さんこんにちは!
ソングメーカー代表・井村淳也と申します。

いつもブログを読んでくださってありがとうございます。

夜のお友

最近、夜に間食すると翌朝、胃の調子が悪くなるようになってしまいまして。

病院では、夜は何も食べないように!
と先生に言われていたんですけど、どうしてもなんか食べちゃいませんか?

そんなにお腹がすいてるわけじゃないのに、ついつい食べちゃうんですよね。
それで翌朝、後悔するという流れ・・・

そんなことを繰り返してきたんですけど、最近、ようやくその負の連鎖を断ち切れつつあります。

食べるものじゃなくて、飲み物をいろいろ揃えるようにしてみました!
コーヒー、ココア、紅茶、お茶。
いろんな種類の飲み物を楽しめるような時間にしてみたんです。

そうしたら、案外食べなくても大丈夫なんですね!

もう、若くないですから・・・
体を大事にしないとなあ、とつくづく思ったのでした。

さて、去る2016年12月20日。
私にとって初となる、記者会見に出席させて頂きました。
今回はその時のことをお話させて頂きます。

二社の新聞社さんに対してのプレスリリースでした。

内容は、2017年1月8日発売の、H&A.の新CD
「浜松歴史楽曲集」
のPRです。

こちらは、H&A.が歌うオリジナル曲のCDです。

H&A.は私が楽曲提供させて頂いている、静岡県浜松市のご当地アイドル。
これまでに14曲のオリジナル曲を作らせて頂きました。
H&A.は“わが街・浜松宣伝部長”
としても活動しており、浜松市の、静岡県の良さを全国に大発信中です!

初めての経験

2008年にソングメーカーを立ち上げた私ですが、このような経験は初めてでした。
地元、静岡県のPRに関係する内容であったことも嬉しいことでした。
とても緊張しましたが、良い経験をさせて頂いたと思っています。

メディアの方への発表、ということで、何よりも心がけたのは事実を誠実にお伝えすること。
社会人として生きていくうえで、そもそも当然のことですが、特にメディアという性格上、広く情報が伝わるものです。
私も今回、会見の場に参加させていただくことで、その重みを強く感じながらお話させて頂きました。

記者さんも熱心に話を聞いて下さり、本当に貴重な体験でした。
今後の私にとって、大きな財産となるのは間違いありません。

ご縁を頂けることのありがたさ

浜松市はこれまで、仕事で何度も足を運んでいます。

独立してから痛感することは、こうしてお仕事のご縁を頂けることのありがたさです。
人と、人とのつながりが新しい仕事へとつながる。
そこに、新しい発見が生まれて、何かを生み出していくことができる。

それって、素晴らしいことだと思うんです。

今、こうして自分が音楽家としてお仕事させて頂いていることは、何一つ当たり前のことはありません。
私は独学で音楽を身につけ、音楽家として独立しましたが、常に誰かに必要とされなければ、私の存在価値はないのですから、
こうして新しい出会い、ご縁を頂けることが、どれだけ貴重なことなのかを、改めて感じています。

CDの紹介

最後に、今回PRした新CD、楽曲の紹介をさせて頂きたいと思います。

H&A.は、静岡県浜松市を中心として活動しています。
ですから、ご当地にまつわる楽曲が多くあります。
また、浜松市に関係する歴史上の人物をテーマにした楽曲も作らせていただきました。

井伊直虎
「美しき虎」

徳川家康
「天下の家康じゃ!」

徳川家康にまつわる、3人の女性
「姫ざくら」

という、3つの歴史ソングがありますので、歴史三部作という形でのCDとなっています。

いずれも歴史ソングらしく、三味線や琴などの和楽器を多用した楽曲です。
これは、私がこれまで400曲以上の制作をさせて頂いた、よさこいソーラン楽曲での経験も多く取り入れたものとなっています。

どの楽曲も歴史の勉強にもなると思いますし、特に学生さんなど、歴史を好きになるきっかけにもなるかもしれませんよ!
私自身も、学生時代は歴史が苦手だったのですが、今回作らせて頂くことで勉強しました。
歌詞と、楽曲を同時にイメージして覚えることで、自然と歴史や人物像、時代背景が頭に入ってきます。
その当時の、それぞれの人物の生き様に思いをはせ、是非楽曲を聴いてみてください。

NHKさんの大河ドラマ
おんな城主~直虎
の放送開始と同じ、2017年1月8日発売!

ソングメーカーのホームページ

または、H&A.のイベント会場、そして彼女たちの所属するスクール、ヒーローズアカデミーさんでも購入いただけます。
浜松市の方、お近くの方は是非、イベントに足を運んでみて下さい!

お客様とのやり取りから~浜松にて ファンの方との語らい

(カテゴリー「お客様とのやり取りから」の6つ目、全体では60番目の記事です。記事一覧

皆さんこんにちは!
ソングメーカー代表、井村淳也です。

今日もブログをご覧くださりありがとうございます。

目と歯

小説のタイトルのような見出しですが、これ、私が人生で後悔しているものです。

どういうことかというと、視力がとても悪いことと、虫歯がとても多いのです。
常にメガネ等がなければ生活できませんし、歯医者は一体何回行ったことか分かりません。

結局、自分のだらしない生活の結果でこうなってしまったんですけどね。
だから息子にはせめて、健康な目と歯で大きくなって欲しいな~、と思っているのでした。

さて先日、浜松に出張した際、楽曲提供させて頂いているご当地アイドル、H&A.のファンの皆さんとお会いできました。

メンバー交えての交流会と、その後のプチ忘年会です。

忘年会は私からファンの方にお願いしたものでした。
なかなかお会いできる機会がないので、折角なので・・・と。
快くお時間を作って頂けたんです!

皆さん、本当に長い間ファンでいて下さっている方たちです。
私も楽曲制作者として、携わらせて頂いていますが、直接お話をさせて頂くことは少ないので、SNSとはまた違う、中身の濃い色々なお話ができました。

とても楽しかったです!

今日は、その時のことをお話させて頂きたいと思います。

ユニット、メンバー一人一人に対する思い

ファンの方、それぞれの思いがあります。
ファンの方の立場からすれば、推しているメンバーが卒業してしまったりと、残念な出来事もあったりするのですが、そんな中でもユニットの応援はずっと続けて下さる。
本当に、ありがたいことです。

時間が経っても、ユニットのあり方が少しずつ変わって行っても、ずっと変わらないもの。
それが、ファンの方の温かい思いなんだな。と改めて感じます。

ずっと変わらずに応援してもらえる、ということが、どれだけありがたいことなのか。
ファンの皆さんの言葉は、そのどれもが、とても温かいものでした。
メンバーの、ユニットの成長を、成功を願うもの。

ファンの皆さんの存在があってこその、ユニットなんだな。
そんな当たり前のことを、しみじみと感じたのでした。

楽曲への思い

私にとって、何より嬉しいことが具体的に曲名をあげてくださり、その思いを聞けたとき。
音楽を作るものとして、本当に嬉しい瞬間です。

ユニットには、独特な「全体的な雰囲気、キャラ」のようなものがあると感じています。
それはメンバーが変わって言っても、伝統的に受け継がれていくようなものだと思うのです。

私は、それに合わせた楽曲作りをしたいとずっと考えてきました。
少しでもユニットの魅力を出したい、そんな思いがあります。
ユニットでの活動は、ライブやイベントでの歌のパフォーマンスが大きなウェイトを占めているわけですから、自然とオリジナル曲は重要になってくるんですよね。

だからこそ、ひとつひとつの楽曲を大切にしたいと思っています。

そんな中、何年も前の楽曲を今でも好きだと言って下さることは、わたしにとっては何よりも嬉しいことなんです!

その一つ一つのお言葉が、自分の中でずっと残っています。
それは音楽家の自分にとって、間違いなく力となるものです。
自分の作った楽曲を、ずっと好きでいてくださる。
その思いがまた、私を前に進ませるのです。
これからもいい曲を作っていきたい、純粋にそんな前向きな気持ちでいっぱいになります。

オリジナル曲を作る、ということ

極端な話、全部カバー曲でも活動自体はできるとは思います。
でも、それではやはり個性が出てこないし、応援する側としても、本気度が違ってくるのではないでしょうか。

「あのユニットといえば、この曲だよね」
という印象を持ってもらうためにも、オリジナル曲の持つ意味は少なくない。

H&A.は比較的、ご当地ソングや地元にまつわる歴史ソングが多いのですが、それも彼女たちの個性になっています。
ライブやイベントで繰り返し歌っていくことで、その個性がますます明確になっていく。

これからもその個性を生かしながら、さらにユニットの魅力を引き出していけるような、そんな楽曲作りを目指したい。
改めて、ファンの皆さんとお話させていただき、そんなことを思ったのでした。

ざっくばらんなお話

そのほか、日々応援して下さる中での色々な思い・・・
「もっと、~な風にしてくれたら嬉しいのに」
というご意見も伺うことができました。

これは、なかなか貴重なご意見だと思うんです。

諸事情があり、ファンの方のご希望をすべて実現することは難しいのは、言うまでもないことなのですが、それでも率直なご意見を伺えると、これからのユニットのあり方について大変参考になります。

私は楽曲制作者の立場ですから、直接運営しているわけではないのですが、それでも関係者としてファンの皆さんの思いに応えられるように、何かできることがあるはず。
そう思っています。

貴重なお時間、ありがとうございました!

本当に楽しく、嬉しい時間を過ごすことができました。
願わくば、こういう集まりがちょくちょくできたら素晴らしいなと。

ファンの方も、
「曲を作る人とこうして話すことができる機会はほとんどない」
と仰っていましたので、お互いにとってプラスになるような、そんな場が作れるなら、それはとても幸せなことですよね。

それがひいては、ユニットの未来につながっていくのなら、そんなに嬉しいことはないと思っています。

これからも、ファンの皆さんの思いにおこたえできるように、音楽面で少しでも貢献できるように頑張っていきたいと思っています。

この記事を読んで、ご依頼をご検討下さった方。
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制作方針~オリジナル曲の高さ、音域について

(カテゴリー「ソングメーカーの紹介」の20番目、全体では59番目の記事です。記事一覧

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ソングメーカー代表、井村淳也です。

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折り紙

今夜は息子と一緒に折り紙をしました。

最近はずっと、一緒に遊んでいるポケモン(彼はアルファサファイア、私はY)の話題や、同じくポケモンカードゲームのことで遊ぶ時間が多かったので、新鮮でした。

お題は“ワニ”だったんですが、折り紙の本によれば折るのが難しいというお題だったのです。

難しければ難しいほど燃えてくる気質の私、勇んで挑戦したものの・・・
すごく、難しいです。。。

一応は折れたんですが、細かいところの仕上がりがイマイチなんですよね。
たぶん、途中途中の工程でちゃんと折りきれてないのが積み重なって、最後の仕上がりに大きく影響しているんだと思うんです。

実際、息子のほうがずっと上手でしたからね。

またリベンジしたいと思います!

さて今回は、作らせていただいた楽曲を歌って頂く際、どのようにして曲の高さを決めていくのか?をお話させて頂きたいと思います。
「オリジナル曲に興味はあるけど、歌に自信がなくて・・・」
という方には、ぜひ読んで頂きたい内容です!  

オリジナル曲である、ということ

「歌うことにあまり自信がない」
と思われている方もいらっしゃるかも知れません。

私は、仕事柄多くの人の歌に接する機会が多くあります。
下はアイドルユニットの小学生。
上は私の両親ほどの大先輩。

老若男女問わず、様々な方の歌う場面をご一緒させていただきます。
そのこと自体、歌、音楽というものが世代を超えて誰でも楽しめるもの。
音楽の素晴らしさを改めて感じるわけですが、そんな多くの方の歌を聞かせていただき、強く思うこと。

それは、
「どんな人でも、その人の歌はその人だけのオリジナル」
ということです。

・・・ちょっと、わかりにくい言葉でしょうか?
たとえば、
「ものまねグランプリ」という番組がありますね。

言わずと知れた長く続く番組で、プロ歌手の歌をいかに上手にまねて歌えるかを競う番組ですね。
ものまねの大変に上手な人達が多く登場し、まるで本人と聞き間違えてしまうような、素晴らしい歌声を聞かせてくれます。

そして、よくある演出で
「ご本人登場!!」
となり、サプライズで本人が後ろから表れ、一緒に歌う・・・

まるでそっくりな二人の歌声に、思わず聞きほれてしまいますよね。

ですが、こんな風に思ったことはありませんか?

声も、歌い方も、すごく似ているけど、やっぱり本人にはかなわないね。

実は私もそう思うのです。
どんなにその人の歌い方をまねても、やっぱり、その本人を超えることは出来ない。

これって、考えてみれば当たり前のことかもしれません。
あくまでも、物まね。
どれだけ本人に近づけられるかが重要なのであって、本人を超えるかどうかということは問題にしていないのですから。

私が先ほどお伝えしたかったことは、まさにこれなのです。

「どんな人でも、その人の歌はその人だけのオリジナル」
ということ。
誰が歌おうと、その人の歌は他の誰にも完璧に再現することなどできないものなんです。
だからこそ、価値があるのだと思います。

声はその人だけの宝物

世の中、色々な声の人がいます。

思ったように高い声が出ない。
きれいな声が出ない。
声量、音程には自信がない。

そんな風に、歌うことにあまり自信を持てない人もいるかもしれません。

それでも、その人の歌は、その人だけのものです。
その事実は変わることはありません。

歌声は、その人だけの宝物だと思うからです。
どんな風に歌っても、はじめから個性にあふれているもの。
オリジナル曲がすべて、世界に二つとないものであるように、歌声も、その人だけのものです。

だからこそ、
「どんな風に歌うのか」
よりも
「誰が歌うのか」
に価値があるのではないかな。

私は、そんな風に思っているのです。

その人に合った高さ、音域の楽曲で

ソングメーカーで歌を作る際は、お客様が歌うことを想定している場合、最もその人の良さが出せる高さ、音域で作ることを心がけています。

たとえば、こんな経験はないでしょうか。

カラオケで歌うことは大好きだけど、どうしても、キーを下げないとうまく歌えない。
そうすると、やっぱりオリジナルとは雰囲気が変わってしまうことで、違和感がある。

人それぞれ、声の高さは違いますからこれは仕方の無いことなのですが、やはりプロの楽曲は高いことが多いですよね。
それは、言うまでも無くそのプロの歌手のオリジナル楽曲だからです。
あくまでカラオケですから、それぞれに合った高さで歌えば本来、いいはずなのですが、どうしても元の楽曲と比べてしまう。

そんな人も、中にはいるのではないかと思います。

ですが、全く新しいオリジナル曲だとしたら。
それは、あなたが歌うことで、初めて歌として生まれるもの。
あなたの声の高さにピッタリとあわせてお作りしますから、無理なく、楽しく歌える楽曲になるはずです。
そして、その状態の歌こそが、世界にひとつのオリジナル曲として生まれたわけです。

誰と比べるものでもない。
あなただけの、あなたが歌うからこそ存在する、そんなかけがえのない一曲。

そんなオリジナル曲、持ち歌を、自分で歌ってみたいと思いませんか?
ソングメーカーなら、それができます。

技術より、声質より、ずっと大切なこと。

何よりも大切なことは、
「思いをこめて歌うこと」
だと思っています。

小学校の頃、国語の時間。
朗読する機会が多くありましたが、よく先生から
「思いをこめて読みなさい。登場人物の気持ちになって」
と言われたことを思い出します。

どんなに技術的に優れていても。
どんなに美しい声を持っていても。

思いを込めた歌には、決してかなわない。
私はそう思っています。

そして、何よりも重要なことは、
「世界にひとつのオリジナル曲=自分の持ち歌だからこそ、込められる思いがある」
ということ。

これは、実際にオリジナル曲を持ってみないと、なかなか分からないことかもしれません。

その感動、喜びは、かけがえの無いものです。
世界でたった一つのオリジナル曲。
自分が歌うからこそ存在する、届けることができる。
そんな、大きな大きな価値のあるもの。

音楽を愛し、歌うことが好きな人であれば、きっとこの喜びは分かって頂けるのではないかなと思っております。
そんな喜びを感じていただけるような楽曲を作っていきたい。

私は音楽家として、いつもそう考えております。

今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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音楽家お父ちゃんの運営するソングメーカー。なぜどんなジャンルにも対応できるのか?

(カテゴリー「ソングメーカーの紹介」の19番目、全体では58番目の記事です。記事一覧

皆さんこんにちは!
ソングメーカー代表、井村淳也です。

いつもブログを読んで下さり、ありがとうございます!

あっという間の

今日は2月20日。
今月は28日までですから、もうあと一週間くらいで3月になってしまうんですね!

「2月は通常より2~3日早い」
というのは、よく分かっているつもりなんですが、感覚的にはそれよりもずっと早い気がします。
1週間くらい短いような・・・

そのくらい、
「大体1ヶ月の感覚=30日」
というものが、体に染み付いているのかもしれないですね。

突然、
「来月は50日あります」
なんてことが起きたらきっと、恐ろしく長く感じるんでしょうね!

さて、ソングメーカーでは、ホームページなどで
「ソングメーカーでは、どんなジャンルの音楽にも対応いたします。」
・・・と、一言で言っていますが、これって
「そんなこと実際に可能なの?」
と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

また、新規のお問い合わせでお電話を頂く際など、そのような意味のことを質問される方もいらっしゃいます。

平たく言ってしまえば、
「あなた、本当に作れるのかい?」
ということですね。

今回は、この点についてご説明させて頂きたいと思います。

音楽と言うものの基本

まず、音楽というものは、基本的にどんなジャンルであれ、共通する理論を元に作られている、という仕組みが前提としてあります。
だからこそ、どんな音楽であれ基本的に楽譜で表現することが出来るのです。

先日頂いたご依頼でも、日本の楽器「篠笛」で弾いた音源を聞き取って、フルートでの演奏に編曲する。
というお仕事をさせて頂きました。

また、オリジナル音源には特に伴奏がなく、自由なテンポで歌うものでしたが、ピアノの伴奏を編曲で新たに入れるという形もとらせて頂いたのです。

和の雰囲気が、一気に西洋の雰囲気に変わりました。
あくまで基本となるメロディ、調は変えないままで、です。

これも、音楽的な基本があるからこそできるものです。
このような感じで、ジャンルを横断的に変えるようなアレンジをさせて頂く機会もあり、とても勉強になっています。

自分自身の音楽制作人生

ただ、そうは言ってもやはり、ジャンルによって全く違うような楽曲に聞こえると思われるのも、正直なところではないでしょうか?
ジャンルが違う曲は、何か特別な作り方の違い、決まりの違いがあるのではないか?
そんな風に、お感じになる方もいらっしゃるかもしれませんね。

実際、私も以前はそう思っていました。

事実、例えば音大や音楽専門学校など、音楽を専門的に学ぶ現場においいては、
「○○科、△△コース」
という感じで、ジャンルごとに専門課程を分けることもありますから、余計にそう思われるのかもしれません。

では、なぜ私には作れるのでしょうか?
そこは、私自身のこれまでの音楽制作への取り組み、実際に作ってきた音楽に理由があると考えています。

私は、以前の記事でも書かせて頂きましたが、音楽の知識、技術はすべて独学と実践で身につけてきました。
最初から、どのジャンルを専門的に作っていく、という枠組みのない中、とにかくどんな音楽であれ、作れるようになろうと貪欲に音楽制作に向き合ってきました。

そうして音楽理論を紐解きながら、実際の制作に落とし込んでいく過程では、
「ああ、このジャンルはこんな風に作っていけばいいのか!」
ということが理解できるようになります。

音楽理論を学んだ時から、次第に分かっていたことではありますが、どんなジャンルであれ、音楽の根幹は変わらないということ。
それが、自分の肌感覚というか、自分の中での
「実際に使える知識、理論」
という形に落とし込んでいくことができたのだと考えています。

未知のジャンルもある中で

また、実際にソングメーカーを立ち上げてからは、色々なお客様から様々なご要望を頂くようになりました。

正直に申し上げれば、
「少し苦手だな」
と感じるジャンルのご依頼もありました。

一番難しいのは、苦手なジャンルにおいては
「どうやって実際の音作りをしていくか」
ということです。

頭では、こんな風に作っていけばいいのだということが理解できていても、実際の音、耳に聞こえてくる音として再現していくことが、最も難しいんです。
最終的には、スピーカーから出てくる音を仕上げなくては、お客様にお届けする商品としての意味が無くなってしまいますから。

ですが、それも私にとっては、大切な勉強、貴重な経験であると捉えました。
もちろん、ご依頼でありお仕事ですから、受ける以上は全力で取り組みました。

そして出来上がった楽曲をお客様に聴いていただき、修正のご意見を伺い、それに対応させて頂く。

そういう、制作現場においての
「実際に作った音楽」
という形でスキルを付けていくことができたのだと考えています。

理論と実践、二つがあったから

そうして、私の中でこれまで培われた、
「知識・理論」と「実際に作り出す音楽」
という、二つの側面を磨いていくことで、様々なジャンルに対応できるようになったと考えています。

結局のところ、音楽制作は
「理論」と「実践」の繰り返し、その経験の積み重ねで高めていくものなのだと思うのです。

私は作曲を始めて25年経つ今、そのことを強く感じています。

「どんなジャンルでもお作りします!」
という看板を掲げ続けることは、簡単なことではありません。

お客様から求められた際には、当然、結果を出すことが必要です。

それでも、苦手なことにも取り組んでいく中で得られたものは、自分の中で大変に大きいものだと考えています。
そうして、日々、私の中で音楽制作に対する自信が大きくなり、自分の中で音楽の可能性をさらに広げていくことが出来る。

それは、音楽家としてとても幸せなことでもあると思うのです。
自分の作り出す、音楽の世界観を大きく、深くしていくことで、将来の自分の姿をより明確に見据えることができる。
そんな風にも考えています。

お客様に育てて頂く、ということ

そして改めて感じることは、私自身、これまでお客様に育てて頂いたからこそ、今の自分があるのだなということ。

ソングメーカーは2008年に立ち上げました。
それ以来、日本全国から900曲以上のご依頼を頂いております。
老若男女、様々な方から、様々なご依頼がありました。
そのすべてに、私、井村淳也が自分自身で対応させて頂きました。

その積み重ねてきた経験は、お仕事でありながら同時に、大変に貴重でありがたいものであると、今改めて感じております。

独学で音楽を身につけてきた私にとって、師はおりません。
ですが、お客様こそが、私をここまで育てて下さった師である、そんな風に思うのです。

お仕事をいただきながら、さらに音楽の勉強をさせて頂くことが出来た。
音楽家としてさらにレベルアップを目指しながら、より良い音楽を作っていけるように頑張らせて頂けた。

そんな、今までの軌跡があるからこそ、ソングメーカー、井村淳也があるのです。

今後も、より音楽家としての総合力を高めていくことで、皆様への恩返しになると考えています。
これからもより良い音楽を作り出せるように、努めてまいります。

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音楽家お父ちゃんの運営するソングメーカー。PV撮影のご紹介

(カテゴリー「ソングメーカーの紹介」の18番目、全体では57番目の記事です。記事一覧

皆さんこんにちは!
ソングメーカー代表、井村淳也です。

いつもブログを読んで下さり、ありがとうございます!

ソングメーカーのうた

今日、公開させていただきましたが、遂に完成しましたソングメーカーのテーマソング!
「ソングメーカーのうた」
です。

私、井村淳也自らが出演し、歌も歌っています。

CMソングをイメージした、短い作品ですが、たくさんの方に見ていただきたいと思っています!

そして、私の音楽への思いを感じていただけましたら嬉しいです。

さて今回は、
お父ちゃん音楽家の運営するソングメーカー。PV制作について

をお話させて頂きたいと思います。

どんなサービスなのか

PV=プロモーションビデオ
のことです。

このサービスは、作らせて頂いたオリジナル曲にあわせ、動画を撮影して音楽とあわせて映像を制作するものです。
これにより、ただの音楽だけではなく、映像となって目と耳に訴える作品に仕上がります。

歌の歌詞も映像の中で組み込み、また会社のPRソングの場合など、必要があれば要所でテロップを挿入し、効果を高めます。

こちらの撮影出張は、ブログで詳しくご紹介させて頂いております。

そして出来上がった作品は、
・DVD
・YOUTUBEへのアップロード
の2種類で納品。
DVDはご自由にお使いいただくことが可能で、ご自身や知人、関係者の方への配布はもちろん、会社の説明資料や営業用の資料として、商用としてもお使いいただけます。
そしてYOUTUBEにアップロードすることで、広く世界にも映像で音楽に込めた思いを発信できるのです!

また、今はスマートフォンが普及していますから、YOUTUBEのURLを知らせることで
「こんな映像を作りました」
と、簡単にPRすることができます。お相手は、そこにアクセスすればすぐにスマートフォン上で音と映像が流れるのです。

日本全国、インターネットで全く新しい出会いにつながるきっかけとなる。
また、音楽にこめた思いに共感した人から、問い合わせを頂くチャンスを生み出す。

音楽だけではなく、映像にすることのメリットはたいへん大きなものだと思いませんか?

音楽制作者=映像制作者であることの意味

撮影・編集は、楽曲制作者と同じ、井村淳也が担当いたします。
音楽を作った人間が、映像の制作にも携わることで、音楽と完全に一致した映像を作り上げるように心がけています。

音楽のすべてを、実際に自分で作っており、そのうえで撮影に臨むわけですから、既に映像の元となる音楽が完全に頭の中にインプットされた状態です。
ですから、
「イントロはこんなイメージ」
「サビは、あんな雰囲気だからこういう絵が合うのでは」
「この歌詞が出てくるところでは、是非このシーンを入れたい」
といったことを、誰よりも分かっている人間が撮影を行うわけです。

ビデオカメラによる撮影は、常にその現場ごとに対処が異なりますし、お客さまとなる相手も違います。
限られた時間、条件のもと、その瞬間瞬間で判断力が問われます。

そんな時、
「もともとの楽曲を作った本人」
が撮影を行うことのメリットは、とても大きいものだと考えております。

そして、撮影だけではなく映像の編集も、私、井村淳也が行います。

これにより、インプットからアウトプットまですべて一貫した制作が可能となります。

限られた予算のなかで、少しでも良い作品を仕上げるためにはどうすればいいのか。
音楽制作とあわせ、映像制作も行う立場として。
2008年の創業以来、長く求め続けたテーマの答え、そのひとつの形だと考えております。

撮影当日の流れ

PV撮影は、基本的にお客さまご指定の場所まで、こちらから伺います。

撮影自体は何時間かかけて行いますが、最終的には数分間のオリジナル楽曲にあわせて編集することになります。
同じシーンを何度も撮影し、その中から最も良いものを採用する。
という方法を取りますので、失敗したシーンがいくつあっても大丈夫です。

どうしてもビデオカメラを向けられると、緊張してしまうものですよね!
でも、ご安心下さい。

撮影は何度でもやり直しが可能ですし、それによる追加費用や、映像が劣化するような心配もありません。

私自身も、できるだけ、お客さまに安心してリラックスして撮影に臨んでいただけるよう、常に心がけております。

内容は自由自在!ご相談のうえ

そして映像の内容ですが、すべてお客さまのアイデア次第で、自由に構成可能です。
もちろん、
「映像制作などやったことがないから、イメージが浮かばない」
という場合は、こちらからご提案させて頂くこともできます。

[素材と構成の一例]
・建物
アップか、離れてなのか。角度はどちらからか。時間帯は。
・ロケ地の風景
有名な景勝地。近所の名所。好きな公園や海、山、川など。
・出演者の方
動かないのか、少し歩きながらか。カメラ目線か。何かをしている最中とか。歌い手の方であれば、歌のシーン。
・大勢で記念撮影風
関係者の方が多くいれば、皆さんが入る形で。ひとり、ふたりと増えていく形でも面白い。
・スタッフ紹介
ひとりひとり、簡単なテロップとともに。動きのある効果を入れてみる等。

などなど、アイデア次第でこれはどんな風にも作れます。
映像は音楽と同様、自由に作ることが可能ですから、是非、世界にひとつだけの音楽とあわせて、個性的な映像を作ってみませんか?

この記事を読んで、ソングメーカーに興味を持ってくださった方。

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音楽への思い~音楽が結ぶ人との絆

(カテゴリー「音楽への思い」の6つ目、全体では56番目の記事です。記事一覧

皆さんこんにちは!ソングメーカー代表の、井村淳也と申します。

今日もブログをご覧下さり、ありがとうございます!

お父ちゃんカレー

今日は久しぶりにカレーを作りました。

私は一人暮らしが長かったのに、ほとんど料理が作れないのですが、カレーくらいは作りますよ!

お父ちゃんカレーは、たまねぎ、豚肉(細切れがベター)、あとピーマンとにんじん。
を、全部細切れにして作ります。

ルーは市販のものですけど、こだわりもありますよ!

たまねぎ、お肉をとにかく炒めまくるんです。
煮る前にたくさん炒めておくと、うまみが増すんですよ♪

妻が、私のカレーを大好きなのでいつも喜んでくれるのが、とても嬉しいんです。

一度作ると、2~3日カレーが続くのは、お約束ですよね。

さて今日のテーマは、音楽が結ぶ、人と人との絆について。
私自身が日々、強く感じている人との絆。

音楽を作るお仕事を通じてたくさんの人との絆を感じられること。
その感謝の気持ちをこめて、記事を書いていきたいと思います。

歴史を重ねていく日々の中で

ソングメーカーは、2008年に創業いたしました。
現在、9年目を迎えております。

そして、今は年が明けて2017年になりました。
こうして二つの数字を並べるだけでも、長く音楽を作るお仕事をさせて頂いているという事実を改めて感じます。

私の日常は、作曲、編曲、作詞など、毎日何かしらの音楽制作を行っております。
それがもう、当たり前というか、普通の毎日となっているのですが、私にとっては以前のサラリーマン時代のように
「毎日、同じ時間に起床し、出勤して、いつもの仕事をして、仕事を終えて家に帰る」
というような、ごく普通の日常として流れていきます。

もちろん、だからこそここまでやってこれているわけですが、そうしてソングメーカー・井村淳也として歴史を積み重ねていけるということが、どれだけありがたいことなのかを、改めて感じる瞬間があります。

それは、音楽を通じてたくさんの出会いがあること。
たくさんの人たちとの絆を感じられることです。

以前とは全く違う世界。出会いと、気づきの連続

お仕事のご依頼は、全国から頂きます。
先日も、愛知県まで出張に行ってまいりました。

遠い場所ですし、知らない土地です。
そこでお会いする人たちは、初めてお目にかかる人たちばかり。

そのすべての出会いが、私にとってはかけがえのない貴重なものです。

私はかつて、長い間、人との関係性に悩み、社会の中で自分がどう生きていけばいいのかわからず、不安で一杯の迷路の中をさまようような時期を過ごしていました。
人との絆を作り上げていくことなど、自分にはとても出来ないと思っていたこともあります。

そんな私だからこそ、今、こうして音楽を作ることで自分自身を確立し、胸を張って生きていられること。
自信をもって人と接することができること。

そのことが、どれだけありがたいことなのか、幸せなことなのかを、身をもって実感するのです。

音楽があるから、今がある。
そして、音楽が結ぶ人との絆があるから、未来がある。
その思いを改めて強くしています。

音楽家として認めていただけるということの意味

そして、多くの方たち。
お客様、ファンの方、関係者の方、そして家族。
そんなたくさんの人たちにずっと、ずっと支えられながら、今までやってこれているということ。

それは、音楽家としての私を認めていただけているということでもあります。

このブログのタイトルでもある、
「家族のために」
音楽家として生きていくことが出来る。
音楽を作ることで、家族と一緒に生きていくことが出来る。

それは言うまでも無く、支えて下さるたくさんの人の思いがあってこそ、その事実があるのです。
その意味の重さを、改めて感じています。

音楽家、井村淳也と、その家族・妻と息子は、支えて下さる皆様と共にあるのです。

本当に、ありがとうございます。

すべての感謝を、音楽にこめて

今回のブログ記事を書かせて頂いたのは、そんな、たくさんの人たちへの感謝の思いを改めて感じたからです。

その感謝の思いを整理していくと、こうして言葉が次々と溢れてくるのです。
そして何度、お伝えしてもその思いが無くなることがありません。

実は私は、あまり自分の思いを口に出して伝えるのが得意ではありません。
周りからは、もしかしたらそうは見えていないのかもしれませんが、自分の頭の中では(うまく表現できていないな)と感じることも多くあります。

だからこそ、その分、こうして文章にして、ブログで皆様にお伝えできるように、自分の思いを少しでも皆様に届けられるように、と思っております。
文章に書いて残す、ということの重みももちろん感じます。
インターネットにこうして、記事として公開することで、責任を伴うものでもあります。

だからこそ、自分自身の真摯な思いを丁寧に、大切に皆様にお伝えすることができたら。
そう思っています。

そんなすべての感謝の思いを、また、音楽に込めて。
より良い音楽を作れるように、さらに音楽家として成長していけるように。

これからも努めてまいります。

今回も、最後までお読み下さりありがとうございました!

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